乳牛の品種改良を支える技術
私たちの食生活になじみのある牛乳ですが、乳牛の育種がどのように行われているのかあまり知られていないのではないでしょうか?丑年にちなみ、乳牛の品種改良を支えている技術をご紹介します。(2021年2月5日)
牛は生まれてから交配できるまでに成長するのに1年以上かかり、一回の出産で生まれる子牛は通常1頭なので、交配と選抜を繰り返して良い品種を作り出すためには、とても長い時間がかかります。たとえば、乳をたくさん出すという性質に注目すると、最初の両親を交配して9か月後に出産、生まれた子牛がメスだったとしてこの子牛が成長して交配できるようになるまでに12か月、交配後に出産して乳を出すまでに9か月かかります。その後10か月程度乳を生産することで、やっと乳を出す能力の高さがわかります。つまり最初に交配してから生まれてきた雌牛の乳の量がわかるまでに最短でも40か月、平均ではもう少し長く4年程度かかります(下図参照)。
このように時間のかかる牛の品種改良を加速するのにこれまで大きく貢献してきた技術として一番に挙げられるのは、人工授精を始めとする繁殖技術の発達です。
人工授精と胚移植
1900年代初頭、雄牛の精液を雌牛の子宮に送りこむ人工授精で子牛を産ませることができるようになりました。その後、精液の採取・希釈・冷凍保存技術の進歩によって、現在では1頭の雄牛から数十万頭という数の子牛が得られるようになっています。1頭の牛から多数の子牛が得られることで、どの雄牛の精液が良い子孫を残すかを早く正確に評価できるようになり、優秀な雄牛の選別が進みました。
一方で、1940年代以降、雌牛の体内から取り出した複数の卵子を体外受精させ、別の雌牛(代理母)の子宮に戻して子牛を産ませる胚移植の技術も開発されました。同じ雌牛の遺伝子を受け継ぐ子牛が一度に複数得られるようになり、雌牛の選別も加速しました。
これらの繁殖技術を用いて品種改良が行われるようになった1950年から1975年の25年間で、米国のホルスタイン種の牛1頭当たりの乳生産量は約2倍に、次の25年間でさらに1.8倍になりました。
クローン牛の作製から遺伝子改変技術へ
さらに、雌牛から採取した卵子の核を取り除き、代わりに他の牛の体の細胞(体細胞)をこの卵子と電気融合することで核を入れ替え、活性化処理により受精卵と同様の発生を促す技術が開発されました。卵子の核を別の牛の体細胞の核と入れ替えることで、卵子のゲノムが別の牛のゲノムと入れ替わります。すなわち、体細胞核を提供した牛と全く同じゲノムを持つ体細胞クローン牛を作り出すことができるようになりました。核移植と呼ばれるこの技術は、クローン牛の作製だけではなく、牛の遺伝子組換えやゲノム編集にも利用されます。
ゲノミックセレクション(ゲノム育種)の利用
近年、ゲノム配列情報を利用して効率的に品種改良できるゲノミックセレクションと呼ばれる方法がホルスタイン種のさらなる改良に貢献しています。雄牛が優れているかどうかは、通常その雄牛を雌牛と交配して生まれた娘牛の乳量などから判定されます。まだ娘のいない若い雄牛については、血統情報から能力を推定するしかありませんでしたが、この推定方法はあまり正確ではありません。ゲノミックセレクションでは、それぞれの牛のゲノム配列を調べることで、その牛が牛乳の生産に適した性質をどの程度持っているかをより正確に推定し、その推定値にもとづいて交配に使う雄牛を選びます。その交配で得られた雌牛の乳量の情報もあわせて利用することで、これまでより正確で効率的な品種改良が可能になりました。
このように、もともと品種改良に時間のかかる牛の選抜を効率よく進めるためにさまざまな繁殖技術が開発され、それらをゲノムや形質の情報と組み合わせることで、緻密な育種システムが構築されてきました。ゲノム編集技術は、これをさらに効率化できる技術として期待されています(研究開発の動向―育種材料と品種の開発「ゲノム編集でホルスタイン種の角なしと生産性を両立」もあわせてお読みください)。
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(この記事の執筆にあたっては、佐々木修博士・農研機構畜産研究部門、細江実佐博士・農研機構企画戦略本部のご協力をいただきました。)