ゲノム編集技術とは

ゲノム編集技術の基本は、生物が持つゲノムの中の特定の場所を切断するということです。生物には、紫外線等によって切断されたDNAを正しく直す仕組みがありますが、まれに修復ミスで突然変異が起こります。ゲノム編集技術(SDN-1)では、この修復ミスで変異が起こる現象を利用し、目的の場所に計画的に変異を起こします。ゲノムの狙った場所に変異を起こすことができるのが、自然に起きる突然変異やこれまでの人為的な突然変異とは異なる点です。

ゲノム編集技術を品種改良に用いる利点の一つは、特定の遺伝子に変異を起こさせて、目的の性質を持つ品種を効率的に作ることができる点です。すでに利用されている品種を直接改良できますので、目的の変異が起きるまで待ったり、何度も交配や選抜を繰り返したりすることに比べて、大幅に時間を短縮できます。今後、気候変動や新しい病害虫への対応が求められた場合に、短期間で新品種を開発することが期待されています。

ゲノム編集を行うためには、ゲノム中の特定の場所を切る道具が必要です。そのために開発されたのがDNAを切断する”はさみ”の役割を果たすタンパク質です。

ZFN(ジンクフィンガーヌクレアーゼ)やTALEN(タレン)などのほか、1本鎖RNAの助けを借りて特定のDNA配列を切断するCRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)などのはさみの役割を果たすタンパク質があります。いずれも、遺伝子の中の特定のDNA配列(DNAを構成するA、T、G、C、4種類の塩基をもつ核酸の配列)を目印として探しだしてそこに結合し、DNAの鎖を切断するということは共通しています。例えば20個分のDNAを目印にする場合、この配列になる確率は1兆分の1(A、T、G、Cのうち1つが4分の1の確率で20個並ぶため、4分の1の20乗)と極めて低く、長いDNA配列の中でもピンポイントで狙った配列を切断することが可能です。このうち、CRISPR/Cas9については、どのようにゲノムの中から目的のDNA配列を見つけ出し、変異を入れて新しい作物品種を作り出すのかを説明する動画を用意しています(「ゲノム編集ツール、クリスパー/キャスナイン(CRISPR/Cas9)」)。是非ご覧ください。


オフターゲット変異

ゲノム編集では、頻度は低いものの、変異を導入する標的となる遺伝子以外の遺伝子も切断し予期しない変異を引き起こす可能性が指摘されています。これは「オフターゲット変異」と呼ばれています。このため、本来目的とするDNA配列と似た塩基配列を調べ、その配列に変異がないかを確認する等、オフターゲット変異が残らないようにすることが重要です。

このような目的の遺伝子以外が変異することは、従来の品種改良でも起こっており、その場合、望ましくない変異は交配などを利用して取り除き、標的となった遺伝子にだけ変異をもつものを選抜しています。例えば、紫外線等で突然変異を誘発して品種改良を行う場合には、特定の遺伝子のみを狙って変異を入れることは基本的に不可能で、目的の遺伝子に変異が入る確率は10万~100万分の1といわれています。つまり、従来の品種改良では、膨大な数の標的外の変異の中から、目的の遺伝子のみに変異の入った変異を選び出して来るのに多大な労力を費やさねばなりません。

ゲノム編集技術(SDN-1)は、ゲノム中の特定の遺伝子に効率よく変異を導入し、目的の遺伝子以外を切断する可能性は低く、万が一目的の遺伝子以外を切断したとしても、従来の品種改良と同様に、こうした目的としない変異がないものだけを選抜して利用することができます。


植物でのゲノム編集

植物は細胞壁という硬い組織をもっているため、植物のゲノム編集では、はさみの役割を果たすタンパク質やCRISPR/Cas9のはさみの役割を果たす際に必要となる1本鎖RNA(CRISPR/Cas9タンパク質を標的のDNA配列に導く)を直接細胞に入れるのは現在のところ困難です。このため、はさみの役割を果たすタンパク質や1本鎖RNAの遺伝子を遺伝子組換え技術を使って一旦植物ゲノム上に導入するのが一般的です。この遺伝子が植物のゲノムに組み込まれた後、導入された遺伝子のDNA配列に基づいてはさみの役割を果たすタンパク質や1本鎖RNAが植物細胞内で作られ、目的の遺伝子を切断する、という流れになります。

ただ、このはさみの役割を果たすタンパク質がゲノム中の目的の場所を切断して期待していた変異が生じた後は、導入したはさみの役割を果たすタンパク質の遺伝子は不要になります。そこで、交配などを利用し、このはさみの役割を果たすタンパク質の遺伝子を持たないものを選びます。


ゲノム編集と遺伝子組換え

 

遺伝子組換えでは、目的の性質を持つ遺伝子を他の生物から導入し、その遺伝子の働きを利用しますが、ゲノム編集(SDN-1)では、もともと持っている遺伝子に変異を起こします。植物のゲノム編集では、はさみの役割を果たすタンパク質等の遺伝子を導入するため、一時的には遺伝子組換え体になりますが、目的の変異が生じた後は、導入した他の生物由来の遺伝子(外来遺伝子)は必要なくなります。そのため、従来の品種改良と同様に、交配を繰り返すことで、こうした外来遺伝子がないものだけを選抜して、従来育種でできたものと同等のものを作り出すことができます。