2020.9.30

はじめに

「ゲノム編集技術」を理解するために、まず”ゲノムとは何なのか”をご説明したいと思います。

「ゲノムのことはこれから学校で学習する。」、「学生時代の生物の教科書に載ってたかなぁ。でも記憶があいまい。」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。そんな方々向けに、いちから分かる!「ゲノムの正体を探る」と題して、イラスト入りで分かり易く解説させていただきました。

ゲノムについてのご理解に、ぜひお役立てください。



 

もくじ


1. 生物はそれぞれの「設計図」を持っている

全ての生物は、それぞれの体内にその生物を形づくるために必要な「設計図」のようなものを持っています。その設計図は、それぞれの生物に固有のもので、ヒトや鳥、花や昆虫ではそこに書き込まれている情報(遺伝情報)が違っています(図1)。この設計図上の情報はコピーされて親から子に代々受け継がれて(遺伝して)いくため、ヒトからはヒトが生まれ、鳥からは鳥が生まれます。決してヒトから鳥が生まれることはありません。

図1. ヒトにはヒトの、鳥には鳥の「設計図」が体内にある

2. 設計図ってどんなもの?キーワードはDNA

それぞれの生物の設計図はどの様なもので、そこにはどのように遺伝情報が書き込まれているのでしょうか?

設計図は、細胞の中にあるDNA (デオキシリボ核酸)からできており、ヌクレオチド分子(詳細は「4.DNAとは」を参照)の並びで表わされ、生物の「形や性質」(形質)を決める全遺伝情報が書き込まれています。
どうやらDNAが、ゲノムの正体を探るためのキーワードのようですね。

では、DNAとはどの様な物質なのか、まずは細胞の中をのぞいてみましょう。

細胞内の拡大図

図2. 真核細胞内の拡大図

*細胞には、細菌やラン藻類の「原核細胞」と、ヒトや犬などの動物や、植物などの「真核細胞」の2種類がありますが、細胞核を持つのは「真核細胞」です。「真核細胞」のDNAは細胞核の中にありますが、「原核細胞」には細胞核がないためDNAがそのまま細胞に入っています。

 

DNAは細胞の中ではヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付いて折りたたまれた状態になっています(図2)。さて、図2の中に「染色体」という言葉がでてきましたね。DNAの詳細をご説明する前に、DNAと染色体との関係について先にお話します。

3. DNAとタンパク質のかたまりが「染色体」

DNAは、細胞分裂時以外(間期)には糸状の状態で細胞核内に分散していますが、一定の周期で起こる細胞分裂時(分裂期)に棒状の構造へと変化して「染色体」として観察されるようになります。DNAがヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付き、それらがかたまりとなったものが「染色体」です。アルカリ性塩基の色素によく染まることから「染色体」と名付けられました。

染色体の数や形は生物の種類によって決まっています。例えばヒトの染色体は46本(23対)あり、父親と母親からそれぞれ1本ずつ受け継いだものが対になっています。この内23対目は、男女の性別を決める性染色体です。性染色体にはX染色体とY染色体の2種類があり、男性はX染色体とY染色体を1本ずつ、女性は2本のX染色体を持っています(図3)。

ヒトの染色体の数
図3. ヒトの染色体は46本(23対)

チンパンジーは48本、犬は78本、アメリカザリガニは200本という具合に生物種によって決まっています。このように生物が下等であるか高等であるかは染色体の数とは関係がないようです。

4. DNAとは

DNAは、デオキシリボ核酸の英語名 (Deoxyribonucleic Acid)の略称です。

DNAを拡大してみると、糸状に見えたDNAは二重らせん構造で鎖(くさり)のような形(二本鎖DNA)をしています(図4)。

ヒストンに巻き付いたDNA
図4. DNAの拡大図

【ヌクレオチド】
DNAは、デオキシリボースと呼ばれる糖と、リン酸および塩基からなるヌクレオチド分子が1単位となり、それがいくつも鎖状に連なって(1本鎖DNA)できた酸性物質です(図5)。

ヌクレオチドの構造図
図5. ヌクレオチド分子は3つの物質からできている

DNA(デオキシリボ核酸)のヌクレオチド構成
図6. DNAヌクレオチドの構造と結合

【塩基】
それぞれのヌクレオチド分子は、糖とリン酸部分は同じですが、塩基にはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類があります。AはTと、GはCと決まった組み合わせで対になり、それを「塩基対」(えんきつい)と言います(図7)。 つまり、ヌクレオチドは、塩基部分が違う4種類があることになります。


図7. AはTと、GはCと対になる(塩基対)

これら4種類の塩基の並び方、すなわち塩基配列(DNA配列)情報の中に遺伝情報が書き込まれており、例えば、遺伝子のDNA配列が変わると、DNAを元に作られるタンパク質のアミノ酸配列も変わり、タンパク質の性質や働きも変わることとなります。

ヌクレオチドの糖とリン酸部分は、別のヌクレオチドと結合し、一列に鎖状に連なって長い糸状の分子を作ります。細胞の中では、通常、DNA分子(一本鎖DNA)が2本、それぞれの鎖の塩基の部分で対合して二重らせん構造をとった二本鎖DNAとして存在しています(図8)。

一本鎖DNAが塩基で繋がり二本鎖DNAになる
図8. 一本鎖DNAが塩基部分で対合して、二本鎖DNAになる

DNAが遺伝情報を子孫に伝達する物質であることは、1944年にアメリカの研究者アベリーが明らかにしました。その後、1953年にイギリスでワトソンとクリックの二人の研究者が、DNAが二重らせんの立体構造になっていることを明らかにしました。なお、ワトソンとクリックは、これによって1962年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 

関連リンク


DNAは、簡単な実験で取り出すことができます。ブロッコリーを材料にした実験動画「野菜からDNAを取り出して見てみよう」

5. DNAと「遺伝子」は同じ意味ではない?!

DNAはよく遺伝子と同義語で使われることがありますが、全く同じ意味ではありません。DNA配列が生物の設計図(遺伝情報)の役割をしています。しかし、すべてのDNA配列が遺伝情報を持っているわけではなく、遺伝情報を持っている部分と持っていない部分があります。遺伝情報を持っている部分のことを「遺伝子」と呼びます。つまり、遺伝子はDNAの一部ということで、どのような働きをしているのか、まだまだ分かっていないDNA配列もたくさんあります(図9)。

遺伝子以外のところが何をしているのかまだ分からない
図9.遺伝子はDNAの一部

そのため多くの研究者が、DNAの中にどのような遺伝子があって、どのような働きをしているのかを解き明かそうと日々探求しています。

6. ゲノムとは

ゲノムとは、親から子へDNA配列として受け継がれている生物の形質を決定するために必要な、ひと揃いの遺伝情報のことです。そして、「生物に必要な最低限の遺伝情報」でもあります。

「2.設計図ってどんなもの?」で、「設計図は、細胞の中にあるDNAからできており、DNAの分子構造の並び(DNA配列)で、その生物の形や性質(形質)を決める全遺伝情報が書き込まれています。」とありましたが、その理由がお分かりいただけましたでしょうか?

ヒトに猫耳は生えないよ

ヒトが成長してもヒトなのは、両親からその遺伝情報をもらっているからです。ヒトにはヒトのゲノム、猫には猫のゲノムがあります。だから、猫がヒトになったり、ヒトに”ねこ耳”が生えたりすることはありません。

そして、DNAの中にどのような遺伝子があって、どのような働きをしているのかが解明された後に、遺伝子の塩基配列の狙った箇所に変化を生じさせ(変異)それにより遺伝子の働きを変化させることが、「ゲノム編集技術」なのです。

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