はじめに
親から子へ受け継がれる遺伝子の本体は、DNAという物質です。
DNAは、1本鎖同士が塩基部分で結合してねじれた二重らせん構造をしています。
(→詳細は「ゲノムの正体を探る」の「4.DNAとは」を参照ください。)
DNAには、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の塩基が規則的に並んでいますが、それらの並びは何を意味しているのでしょうか?
実は、そのDNAの塩基の並び方(塩基配列)こそがタンパク質をつくるための重要な暗号なのです。つまり、DNAの塩基配列が分かれば、どの遺伝子がどんなタンパク質をつくるための遺伝情報を持っているかが解けます。
ここでは、細胞の中でDNAからタンパク質がどのようにつくられていくのか、そしてそれが品種改良とどう結びついていくのかを解説します。
もくじ
第1章. タンパク質はナゼ重要?
第2章. タンパク質はアミノ酸がつながったもの
2-1. 3文字のDNA配列はアミノ酸の暗号
2-2. タンパク質の合成(転写と翻訳)
第3章. RNAとは?
3-1. RNAはDNAの部分コピー
3-2. メッセンジャーRNA(mRNA)
3-3. トランスファーRNA(tRNA)
第4章. 暗号解読の鍵はコドン
第5章. 突然変異と品種改良
5-1. 突然変異とは?
5-2. 突然変異を利用した品種改良
第1章. タンパク質はナゼ重要?
ヒトの体は、重量の割合でいうと水分が約60%、タンパク質が約20%、残りが脂質、炭水化物などで構成されています。そして、ヒトの体には約10万種類のタンパク質があるといわれています。タンパク質は、皮ふ、筋肉、内臓など、ヒトをかたち作っているだけでなく、シナプスが情報を伝える、筋肉が動く、白血球が病気と闘うなど、すべての生命活動に関わっています。
植物の体は、一般的に水分が最も多く、炭水化物に次いでタンパク質が多く含まれています。発芽や、光合成により葉・花・果実をつくるなど、植物でも生命活動のすべてにタンパク質が関わっています。
このように、生物の体の中にはいろいろなタンパク質がありますが、生物の性質や特徴(形質)の違いは、これらのタンパク質の違いによって生じています。
図1. 動物細胞と植物細胞の模式図
では、このように生物が生きていくために不可欠なタンパク質は、細胞の中でどのようにつくられているのでしょうか?
[※生物には、細胞に核がない原核生物(微生物など)と、核がある真核生物(動物や植物)がいます。ここでは、真核生物でのタンパク質合成について説明していきます。]
第2章. タンパク質はアミノ酸がつながったもの
2-1. 3文字のDNA配列はアミノ酸の暗号
DNAの塩基配列は、でたらめに並んでいる訳ではなく、その並び方には大切な意味があります。
まず、タンパク質は、20種類のアミノ酸がいろいろな順番で一列につながることでできています。そして、それぞれのアミノ酸は、GAAやCAGのように連続する3塩基(3文字)で1セットのDNA配列で暗号化されます。つまり、20種類のアミノ酸は異なる3文字のDNA配列で書かれているのです。
ポイント DNA配列を3文字ずつ区切って読めば、どのアミノ酸が並んでいるかが分かり、その遺伝子はどのようなタンパク質なのか解読することができます。
2-2. タンパク質の合成(転写と翻訳)
DNAの塩基配列をもとに、アミノ酸をつなげてタンパク質を合成するためには、「転写」と「翻訳」という主に2つの過程を経なければなりません。
①「転写」とは、DNAの中の必要な遺伝子の塩基配列をmRNAへコピーすることです。
②「翻訳」とは、mRNAへコピーされた塩基配列をアミノ酸配列へ変換して、リボソームでアミノ酸を順番につなげてタンパク質を合成することです。
さて、ここでRNAという用語がでてきましたね。
DNAと名前は似ているけれど違う物質のRNA。このRNAが、タンパク質合成には欠かせない「いい仕事」をしているんです。
セントラルドグマ 生物の細胞の中でタンパク質が合成される流れは「DNA→RNA→タンパク質」のように一方向※1で、基本的に全ての生物に共通しています。この原則を「セントラルドグマ」(1958年にフランシス・クリックが提唱)といいます。 (※1: クリックが提唱した後にRNAからDNAに遺伝情報が伝えられている例も発見されている。) |
第3章. RNAとは?
リボ核酸の英語名(RiboNucleic Acid)の略で、アールエヌエイと読みます。
RNAは、DNA配列からタンパク質を合成する上でとても重要な働きを担っています。そして、塩基の種類は、A、G、CはDNAと共通ですが、RNAではTの代わりにU(ウラシル)になります。さらに糖の部位はリボースになり1本鎖で存在します(図2)。
DNA | RNA |
・塩基はATGC ・二本鎖 ・糖はデオキシリボース |
・塩基はAUGC ・一本鎖 ・糖はリボース |
図2. DNAとRNAの違い
3-1. RNAはDNAの部分コピー
DNAは全ての遺伝情報、全てのタンパク質の設計図が書いてある、とても長くて大きな物質です。なので、コンパクトに折りたたまれて細胞核の中に収納されています。あるタンパク質を合成するときには、そのために必要な遺伝子DNA配列だけをコピーしたRNAが、核の外へ持ち出されます。
ポイント 必要に応じてDNAを部分コピーして細胞核の外へ持ち出すことができる、それがRNAの重要な役割です。
RNAには何種類かあって、それぞれに働きが違います。
次に、転写と翻訳の過程で働くmRNAとtRNAの働きを見ていきましょう。
3-2. メッセンジャーRNA(mRNA)
部分コピーしたい遺伝子DNA配列の二重らせん構造がほどけて、1本鎖構造に変化します。その次に、タンパク質合成に必要な遺伝子のDNA塩基配列を鋳型(いがた)にして、RNAポリメラーゼという酵素の働きにより塩基配列がRNAへコピーされてmRNAがつくられます。
RNAへコピーされる時には、塩基のGとC、AとUが対になって結合する性質(相補性)が利用されます。
その後、mRNAは核膜の穴から出て細胞質へ移動します。
ポイント 細胞核内で遺伝子DNA配列がコピーされmRNAになる過程を「転写」といいます(図3)。
図3.mRNAは核の外へ移動する
3-3. トランスファーRNA(tRNA)
タンパク質合成のもとになる情報がmRNAとして核から細胞質へと移動しました。次に、アミノ酸をmRNAの塩基配列どおりの順序でつなげていくシステムが働きます。
タンパク質合成される場所はリボソームという細胞小器官です。必要なアミノ酸をリボソームまで運び、mRNAの3つの並びの塩基と相補性で結合することでアミノ酸をmRNAの塩基配列に従って並べる働きをするのがtRNAです。
ポイント アミノ酸を運ぶtRNAが、リボソームでmRNAの3つの並びの塩基に相補性で結合し、運ばれてきたアミノ酸が順番につながりタンパク質が合成されます。この過程を「翻訳」といいます(図4)。
図4. tRNAが運ぶアミノ酸が、mRNAの塩基配列どおりにリボソームで結合
原核生物に核はありませんが、タンパク質合成が転写と翻訳の段階で進行することは、真核生物の場合と同じです。
第4章. 暗号解読の鍵はコドン
ここまで説明してきたように、タンパク質合成に必要なアミノ酸がどういう順番でつながってタンパク質になるかは、mRNAの塩基配列で決まります。mRNAの連続する3塩基の並びごとに、次につなげるアミノ酸の種類を指定しているのです。
例えば、うま味成分として知られるアミノ酸「グルタミン酸」ならGAA、肌の水分量を保つために重要な保湿成分の1つのアミノ酸「セリン」ならUCAというように塩基の並びが決まっています。
ポイント この連続する3つの塩基の並びを「コドン」といいます。コドンがどのアミノ酸に相当するのかを示した暗号の解読表を「遺 伝 暗 号 表」といいます(図5)。
図5. 遺 伝 暗 号 表をもとにアミノ酸がつくられる
開始コドンとは、リボソームがmRNAに沿って動き、読み取った時にタンパク質合成を開始するコドンで、必ず「メチオニン」というアミノ酸になります。そこからリボソームはアミノ酸をどんどんつなげていき、終止コドンを読み取った時にタンパク質合成は終了になります。
第5章. 突然変異と品種改良
5-1. 突然変異とは?
生物は細胞分裂して成長します。そのためには、分裂前の体細胞(母細胞)に含まれているすべての遺伝情報が正確に複製されて、分裂して2つになった体細胞(娘細胞)それぞれに同じように分配されなければなりません。
つまり、母細胞にあるDNAの全塩基配列は正確に複製され、娘細胞にも同じように分配されます。例えばヒトの場合だと、一つの母細胞に存在する約60億塩基対のDNAが正確に複製されて、分裂後の娘細胞にも同じ様に存在します。ほとんどの場合は正確に複製され、もし間違いが起きてもそれを修復する機能が生物には備わっています。
しかし、複製の過程でコピーミス、つまりDNA塩基配列に変化(変異)が起きてしまい、かつそれが修復されなかったらどうなるでしょうか?
このようなミスは自然界でもまれに起きていて、これを「突然変異」といいます。
→ショート動画「突然変異」
多くの突然変異はタンパク質の機能、生物の性質や外観を変化させませんが、まれにこれらに影響を与える突然変異が起こります。
ポイント DNAの遺伝子部分に突然変異が起こると、転写されたmRNAの塩基配列も変化します。すると暗号の読み方が変わり、本来合成されるはずのタンパク質がつくられなくなったり機能が変化したりする場合があります。また、DNAの遺伝子でない部分※2に突然変異が起こった場合でも、その近くの遺伝子の転写が影響を受け、合成されるタンパク質の量が変化する場合があります。
(※2: いちから分かる!「ゲノムの正体を探る」の「5. DNAと「遺伝子」は同じ意味ではない?!」を参照ください。)
5-2. 突然変異を利用した品種改良
突然変異によって新しい機能を持った個体が生み出され、さらにその機能が次世代に受け継がれるなかで、人類は有益な形質を残しながら作物を品種改良してきました。
例えば、
- イネの祖先は、籾(もみ)が落ちやすいという性質があるために少ししか収穫できませんでした。しかし、長く栽培を続ける間に、籾が落ちにくくなる突然変異が起きたイネを見つけ、その種を選抜して栽培することで収穫量を増やしてきました。(→動画「品種改良ってなんだろう」)
- 現在私たちが食べている以下の野菜は、ひとつの野生種に起きた様々な突然変異の中から食べ物として有益な形質を選抜して作られました(図6)。
図6.アブラナ科アブラナ属のブラシカ・オレラセア種から品種改良によって作られた主な野菜
出典:The evolutionary history of wild, domesticated, and feral Brassica Oleracea (Brassicaceae), Article in Molecular Biology and Evolution (June 2021)
編集・イラスト
- 農研機構 企画戦略本部新技術対策課
(公開日:2022年11月8日)
参考資料
「改訂 新編生物基礎」(2022年)
著作者 浅島 誠 ほか24名
発行所 東京書籍株式会社
「スタンダード生物」(2022年)
著作者 浅島 誠 ほか27名
発行所 東京書籍株式会社