掲載日:2023.7.14

概要

2021年6月、オーストラリアのタスマニア大学 <法と遺伝学センター>は、ヒトへのゲノム編集技術の適用をテーマとする市民陪審を実施しました。市民陪審に選定された市民は、専門家や関係者からの情報提供を受けた後、ヒトへのゲノム編集技術の適用に関する審議を行いました。参加した市民からは、研究開発が適切に管理、規制されていれば、ゲノム編集技術は医療に貢献をもたらす可能性がある、との意見がありました。

詳細

2021年6月17~20日、タスマニア大学 <法と遺伝学センター>は、ヒトへのゲノム編集技術の適用をテーマとする市民陪審(Australian Citizens’ Jury on Genome Editing)を実施しました。

市民陪審は、裁判における陪審員制度を参考にして行われる市民参加型の意思決定手法のひとつであり、一般市民の視点を科学技術の意思決定に取り入れようとする試みです。

オーストラリア国内から多様性を考慮し、選定された23名の一般市民が「ヒトへのゲノム編集技術の適用はどのような条件や状況であれば受け入れられるか?」という問いに対して審議を行いました。

はじめに、陪審の参加者に国内のさまざまな専門家や関係者からヒトへのゲノム編集技術の適用に関する情報提供が行われました。その後、ファシリテーターの助けのもと、自分の意見を振り返り、大グループと小グループに分かれて討議を重ねました。

市民陪審の議論や参加者へのインタビューから、参加者はゲノム編集技術の可能性について、おおむね肯定的であったことが確認されました。

一方、ゲノム編集による変異が遺伝するリスクや特にヒト胚への使用について懸念する意見が挙げられました。他には、過剰な規制が研究の進捗を妨げる可能性があることを懸念しているなど、ゲノム編集技術に対する態度やとらえ方はさまざまであることが分かりました。

最終的には、ゲノム編集が適切に規制され、十分に研究された上でヒトへ提供されるのであれば、将来的に医療に価値のある貢献をもたらす可能性があるという、慎重ながらも楽観的である判決が下されました。これらの見解は、これまでに科学者コミュニティや政策関係者によって示されたレポートで表明されたものとほぼ同じでした。

今回の市民陪審は、将来的に世界全体で行われようとしているゲノム編集技術に関するグローバル市民会議につながるようにデザインされています。

用語解説

  • 法と遺伝学センター(Centre for law and genetics;CLG): 遺伝子改変技術の倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues;ELSI)に焦点を当てた研究を行うことを目的として、1990年に設立されたセンターです。タスマニア大学法学部に拠点を置き、根拠に基づいた高い品質のELSI研究をミッションに掲げ、最近ではオーストラリア保健省のゲノミクス健康未来ミッション(Genomics Health Futures Mission;GHFM)の資金提供を受けて、オーストラリアに焦点を当てたELSI研究を継続的に実施しています。
  • グローバル市民議会 (Global Citizens’ Assembly on Genome Editing): 2020年9月18日にScience誌に発表された”世界規模でゲノム編集技術の世界的な原則づくりを行う市民議会”です。構想では、さまざまな国や地域から多様な背景を持つ人々を100名規模で集め、ゲノム編集技術の世界的な原則について話し合うことが予定されています。ここでは、ヒトへの適用だけでなく、植物や動物への適用に関しても話し合われることが構想されています。この一連の会議はGenepool Productionという映像制作会社によってドキュメンタリー化される予定です。

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  • 著者: 山口 富子(国際基督教大学 教養学部 アーツ・サイエンス学科 教授)
  • 編集協力: 石井 花菜(国際基督教大学)/農研機構 企画戦略本部新技術対策課