基礎・基盤研究技術の開発

ゲノム編集でのオフターゲット変異はどのくらい実在するか?


【2019年9月3日】

<要約>

ゲノム編集を行ったマウスでは意図しないオフターゲット変異が多く起こってしまう、としてゲノム編集の安全性についての疑問を投げかけたSchaeferらの論文について、多くの研究者が議論を行いました。議論の結論として、この論文の実験のシステムそのものの大きな欠陥があることが明らかになり、この論文は取り下げられました。

背景

ゲノム編集を用いた治療や品種改良への期待*1の一方で、オフターゲット*2の問題を懸念する声が多く聞かれます。2017年に<マウスではオフターゲットが意外に多い?!>という報告があり、大きな議論になりました。専門外の皆さんも「意図しない、もしくは予期しない場所でDNAが切断されて変異が起こってしまう」、という話を聞いたことがあるかもしれません。ここで紹介する論文は、そうしたオフターゲットの多さや、ゲノム編集技術を遺伝子治療に用いることのリスクを提起したものでした。

解説

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この論文はオフターゲットが実際にどのくらい起こるのか、をテーマにしたものです。スタンフォード大学のV.B.Mahajanらを代表とする研究チームはPde6b遺伝子にゲノム編集を行ったFVB-NJ系統近交系マウス*3を使い、それらの全ゲノム配列を調べることによって「オフターゲット変異」がどの程度あるか?を調べました。このゲノム編集は遺伝的な病気の治療の可能性を探るものでした。

ゲノム編集を行ったマウス2匹(F03とF05)と編集をしていない1匹(Fcon)の全ゲノムを比較したところ、

  • Fconと編集個体の間では以下の違いがありました。

Fcon↔F03との違い ⇨ 挿入欠失変異数164, 一塩基置換数1,736
Fcon↔F05との違い ⇨   挿入欠失変異数128, 一塩基置換数1,696

  • 研究グループはF03、F05間で共通した変異は、CRISPR/Cas9によって特異的に生じた非意図的変異である、と考えました。その数は以下の通りでした。

F03↔F05間で共通な変異数 ⇨ 挿入欠失変異数117, 一塩基置換数1,397

 

この結果から研究グループは認められた変化の多くはゲノム編集によるものであり、マウスに意図しない変異が多数誘発され、それにより目的としていない形質が変異したマウスができる可能性が示された、と結論しました。

この結論が正しければゲノム編集の実用化はより慎重に考えなければいけなくなることから、この論文で示されたデータなどを別のグループが再検証を行いました。その結果、この結論は不適切とする研究が2018年に5つ連続して発表されました(参照論文)。そのポイントは以下のようなものです。

  • 研究グループが使ったマウス(FVB/NJ)系統は実は遺伝的にある程度多様な集団で、塩基配列の多様性があると考えられました。
  • FconとF03, F05の3匹は直接の親子ではなく、個体間の差異とゲノム編集で起こった変化を推定することは不可能と考えられました(図)。
  • FVB/NJ系統に元々存在する変異の量を考えれば、個体間で認められた遺伝的相違がゲノム編集によって誘発されたとは結論できずCRISPR/Cas9によって変異が増加するとは言えない、と結論されました。

研究グループはこうした指摘を検討し、実験方法の不備との指摘を受け入れ、論文を2018年3月に取り消しました*4。研究グループは実験に使ったマウスを遺伝的に同じ(同じ遺伝子配列を持つ)ことを前提として研究を行いましたが、実はもともと個体間に多くの差が含まれるグループであり、ゲノム編集の結果起こったと思われた変異は、実は単に個体間の違いを見ているだけだったというのがこの件の結論でした。とはいえ、より安全・確実に狙った場所だけを切断し、オフターゲットを起こさない技術の開発が行われており、実用化の向けた取り組みが進められています。

より詳しく知りたい方のために

*1 品種改良と遺伝子の変化
親から子に遺伝情報が伝わる際には、両親の持つ情報がシャッフルされ、両方の遺伝情報が兄弟・姉妹の間でも様々に異なる比率とパターンで遺伝することはよく知られていますが、このほかにも一定の確率で変異が起こり、両親のどちらの情報とも違った内容で子孫に情報が伝わることもあります。実際、作物の品種改良ではこうした変異も利用しています(「ゲノム編集とは」内の「ゲノム編集技術とはどのような技術ですか」参照)。

*2 オフターゲット
オフターゲットには2種類あります。①目的の配列と似た配列があれば、そこも「編集」されてしまう可能性がありますので、ゲノム編集のツールを設計するときにはこの可能性を極力下げるようにしています。また実用化にあたってはそうした変化の確認が求められています(「ゲノム編集とは」内の「オフターゲット変異の安全性はどのように考えられますか」参照)。②全く想定外の個所に予想できない変異が起こるか?という可能性も検討されてきています。この情報ではこちらの問題を扱っています。この様なオフターゲットがどの程度の頻度で起こるかは遺伝子治療などでは非常に重要ですし、品種改良でも事前の評価が望まれます。オフターゲットが起こらないようにするための研究も取り組まれています。

*3 近交系マウス
個体ごとの遺伝子の相違による影響を極力排除するため、20世代以上の近親交配を繰り返したマウスの集団。遺伝子構成がかなり共通になっているものとされています。

*4 論文の取り下げ
専門誌に掲載される論文は同じ分野の研究者によって方法や内容についてのチェックを受けます(査読)。ただ、時には問題を含む論文が世に出てしまうこともあります。そうした場合には後日部分的な修正が行われる場合もありますが、根本的な欠陥が明らかになったケースでは「取り下げ」となる場合もあります。その判断はあくまでも科学としての正当性によります。取り下げられた論文は科学の世界では存在しなかったものとみなされることになります。

参照論文:

Lescarbeau et al. 2018 Nature Methods 15(4)237
Kim et al. 2018 Nature Methods 15(4)239-240
Lareau et al. 2018 Nature Methods 15(4)238-239
Nutter et al. 2018 Nature Methods 15(4)235-236
Wilson et al. 2018 Nature Methods 15(4)236-237


  • 企画/解説担当者:津田 麻衣(筑波大学)
  • 編集協力者:大島 正弘(農研機構)
  • イラスト担当者:津田 麻衣(筑波大学)