育種材料と品種の開発

加熱しても有害物質が発生しにくいゲノム編集コムギを開発


【2022年5月19日】

<要約>

食材に含まれるアスパラギンは、加熱されると発がんの可能性のあるアクリルアミドに変化します。

イギリスのロザムステッド研究所のグループは、自国を含む多くの国の主食であるコムギを対象に、CRISPR/Cas9によるアスパラギン合成酵素のゲノム編集を行いました。その酵素が働かなくなったゲノム編集コムギから作った小麦粉では、アスパラギンが大きく減りました。

背景

「焦げたところを食べると体に良くない」と聞いたことはないでしょうか?それは高温で調理された食品に、発がん性が疑われるアクリルアミドという物質が含まれているからです。

日本の食品安全委員会は、アクリルアミドの危険性を「日本人の食生活では健康被害が出る摂取量ではないだろうが、なるべく減らすべき(要約)」としています*1

国際的にも、国連やEUの食料を扱う委員会がアクリルアミドを危険視し、国際がん研究機関(IARC)は「おそらく発ガン性がある物質」に分類しています*2

食品に含まれるアクリルアミドは、アミノ酸の一種、アスパラギンに由来します。揚げる・焼くなどの加熱調理中に、食材中のアスパラギンがアクリルアミドに化学変化するのです。食生活を大きく変えずにアクリルアミドの摂取量を減らすには、アスパラギンの少ない食材を使うことが効果的でしょう。

ここで紹介する研究では、ゲノム編集技術によってコムギの種子に含まれるアスパラギンを減らすことで、コムギ製品のアクリルアミドを減らすことができる可能性が示されました。

解説

アスパラギンは食品のアクリルアミドの原因である一方、生物に必要なアミノ酸でもあり、これを完全に無くすような品種改良は不可能です。

コムギの体では5種類のアスパラギン合成酵素の遺伝子(TaASN1~TaASN5)が時間的・部位的に合成を分担しています。ロザムステッド研究所のグループは、それらのうち種子ができるときにだけ働くTaASN2の機能を失わせることを試みました。

倍数体(異質六倍体)であるコムギで、6つ(3対)あるほぼ同じ役割の遺伝子の機能を完全に失わせることは、従来の技術では困難です。(倍数体について詳しく知りたい方は、「コムギの進化」、「品質低下をまねく穂発芽が起きにくいゲノム編集コムギを開発」の記事をご覧ください。)

同グループは、6つのTaASN2遺伝子同士で配列が一致する部分を選び、CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集の標的としました。その結果、イギリスの代表的コムギ品種「Cadenza」を材料に、TaASN2遺伝子が6つとも働きを失ったゲノム編集個体が得られました。元の品種と比べて、ゲノム編集コムギでは種子のアスパラギンが大幅に減りました。

ただし、種子のアスパラギンがどれだけ減ったかは実験ごとにばらつき、栽培環境などの影響もあると考えられました。また、種子のアスパラギンが減ることで、初期生長に影響がある可能性も示されました。野外栽培実験などを重ね、もっとゲノム編集コムギの性質を知る必要があります。

今後、低アスパラギンコムギ品種の開発が進み、その小麦粉からアクリルアミドの少ない食品が作られることが期待されます。

この記事の元となった論文

Wheat with greatly reduced accumulation of free asparagine in the grain, produced by CRISPR/Cas9 editing of asparagine synthetase gene TaASN2
(訳)アスパラギン合成遺伝子TaASN2のCRISPR/Cas9による編集で穀物中の遊離アスパラギンの蓄積を大幅に減少させたコムギ

著者名:Raffan et al.
Plant Biotechnol. J. (2021) doi.org/10.1111/pbi.13573

より詳しく知りたい方のために

*1 内閣府 食品安全委員会「加熱時に生じるアクリルアミド」

・アクリルアミドについてもっと知りたい方は、農林水産省「食品中のアクリルアミドに関する情報」に健康への影響、摂取低減のためにできること、などの解説がありますのでご覧ください。

*2 IARC 「List of Classifications」(化学物質・食品などの発がん性分類)(英語)
注)分類は科学的証拠の強さで、体への取り込まれ方、量、頻度などで危険性は変わります。

関連リンク


  • 企画/解説担当者:津田 麻衣(筑波大)
  • 編集協力者:農研機構企画戦略本部新技術対策課 / 森 昌樹(農研機構) / 藤井 毅 (JATAFF)