【2019年9月3日】
<要約>
東京大学大学院理学研究科の濡木教授らの研究グループは、CRISPR/Cas9がDNAを切断する場所であるPAM配列がこれまでより広い新しい酵素Cas9-NGの開発に成功しました。この酵素は目的の場所にグアニン(G)があれば、その場所でDNAを切断できます。
背景
ゲノム編集はDNA配列の「狙った場所」を切断し、変異を導入する技術ですが、CRISPR/Cas9では正確には、実はどこでも自由に切れるわけではありません。CRISPR/Cas9は「狙った場所」の近くにあるPAM配列*1を認識し、その隣を切断します。つまりCRISPR/Cas9によるゲノム編集では目的の場所の直近にNGGがあることが必須でした。
これまで植物の品種改良を狙って行われてきたゲノム編集の多くは目的の遺伝子を壊し、望ましい形質を得るものでしたので(「ゲノム編集とは」内の「ゲノム編集技術とはどのような技術ですか」参照)、切断する場所にある程度の制限があっても標的となる遺伝子の「どこか」を切ることで目的を達することができました。
しかし、今後の遺伝子治療やゲノム編集の展開として、狙った場所に鋳型(いがた)となる配列のコピーを入れようとする場合(「ゲノム編集とは」の「ゲノム編集技術の分類(SDN-1~SDN-3)について教えてください。」参照)や、切るのではなく、狙った場所の塩基を別のものに変換するTargetAIDなどの精密なゲノム編集を行おうとする場合にはPAM配列の足かせを緩和し、文字通り狙った場所を切れるようにすることは次の展開のために非常に重要で、世界中の研究者が技術開発を競っていました。
解説
東京大学の濡木教授らのグループは、PAM配列NGGの3番目のGがG以外のどの塩基でも切断可能にすることができるCas9-NGの開発に成功したことを報告しました。つまりNGGではなく、NGだけでPAM配列とすることができるので、目的の場所にGさえあれば、そこで編集ができるようになりました。
研究グループの戦略は大変巧妙で精緻なものです。Cas9酵素がPAM配列を見つける際に、Cas9酵素のどの部分がPAM配列のどこと相互作用をするかは判明していました(上図)。そこでPAM配列の3番目のグアニン塩基(NGGの3番目のG)と相互作用するアミノ酸を別のものに置き換えました。このままでは結合が弱くなってしまい、Cas9酵素は機能できません。そこで、研究グループは結合を強めることに取り組みました。その際、DNAの特定の塩基ではなく、DNAを構成する糖とリン酸を認識できる様に、合計7個のアミノ酸を入れ替え、改良された酵素SpCas9-NGを創生しました。この酵素は従来のCas9酵素と同等の性能を持ち、目的の場所に「G」さえあれば編集が可能です。研究グループは、実際にこの酵素を使いゲノム編集ができること、更にはTarget-AIDにも使えることを示しました。これは府省連携研究(SIP)での極めて大きな成果であり国際的にも大きな注目を集めています。
今後は、PAM配列の自由度を更に増やすための技術が開発されるものと期待されます。なお、同じ目的を目指す他の研究も報告されていますが(xCas9など)、今のところ濡木教授らのCas9-NGが最も使いやすいとされています。
より詳しく知りたい方のために
*1 PAM配列:
現在ゲノム編集で最もよく使われているCRISPR/Cas9のPAM配列はNGGです。ここで、Nは4種類の塩基のどれでも構いませんが、2番目と3番目はG(グアニン)に限られています。そのため、これまでのCRISPR/Cas9では、大まかに場所を決めることはできましたが、実際に切れ目を入れられる場所は厳密には限られていたことになります。例えば目的の場所の近くにNGGという配列が無いと、その場所のゲノム編集ができないことになります。ある場所にNGGが出てくる確率は1/16です(1/4x1/4)。仮にPAM配列をもっと短く、例えばNGだけでも切れ目を入れられるようにできればゲノム編集の可能性はより広がります。
- 企画/解説担当者:大島 正弘(農研機構)
- イラスト担当者:笠井 誠(農研機構)