育種材料と品種の開発

キャッサバの重大な病害をゲノム編集で克服する

要約

アフリカでは主要な食材であるキャッサバ*1の生産量低下をまねくキャッサバ褐色条斑病が問題となっています。この論文では、キャッサバの2つの遺伝子がこの病気の原因となるウイルスの感染に関与すると予想し、これら2つの遺伝子にゲノム編集で変異を加えて病気への抵抗性を評価しました。その結果、症状の重症化が防止されるとともに病害そのものの発生率も低下することがわかりました。これにより、ゲノム編集が病害抵抗性のキャッサバ品種の作出に向けた重要なアプローチとなる可能性が示されました。

研究者が研究論文を分かりやすく解説
ゲノム編集を利用した新しい品種の開発や関連技術について、幅広い方々にご理解いただくため、最近発表された研究論文を研究者が分かりやすく解説します。

2020.1.29

背景

キャッサバ褐色条斑病(CBSD)*2は、葉と茎に特有の病斑が現れ(図1)、食用とされる貯蔵根(イモ)が腐敗し、食べられなくなる病気で、東・中央アフリカのキャッサバ収量を低下させている主な要因です。毎年1億7500万ドルの減収が報告されるなど、今後の人口増加が予想される西アフリカ地域の農業生産を脅かす非常に大きな脅威となって「植物のエボラ」とも呼ばれています。CBSDを引き起こすウイルスとして、ポティウイルス科イポモウイルス属に属するキャッサバブラウンストリークウイルス(CBSV)とウガンダキャッサバブラウンストリークウイルス(UCBSV)の2種が知られています。これらのウイルスのゲノム(用語集、「遺伝子」「ゲノム」参照)は宿主、つまりウイルスが感染した植物のmRNAとよく似た構造をとっています。mRNAはタンパク質合成の鋳型となる分子ですが(用語集、「メッセンジャーRNA」及び「タンパク質合成」参照)、その頭の部分はキャップ構造という特別な構造をしており、そのキャップ構造が翻訳開始因子eIF4Eと相互作用を行うことでタンパク質合成が開始されます。ウイルスのゲノムの頭の部分にはこのキャップ構造とよく似たVPgというタンパク質が付いており、やはりeIF4Eと相互作用しタンパク質合成を開始することができます。VPgのeIF4Eへの結合力は植物mRNAのキャップ構造より強いため、感染植物細胞の中でeIF4Eと優先的に相互作用します。結果として、植物のmRNAを差し置いて植物のタンパク質合成系を乗っ取ってウイルスが優先的に増殖することで、病気を引き起こします(図2)。本項で紹介する成果はこの仕組みに着目し、関与するタンパク質の遺伝子をゲノム編集で改変することで症状の抑制を狙った興味深いものです。

解説

Gomezらは、キャッサバのeIF4Eとして、5つのよく似たタンパク質(アイソフォーム)をコードする遺伝子を特定しました。これらのうちウィルスの増殖に関与するアイソフォームを特定するために酵母を用いた実験を行い、2つのアイソフォームnCBP-1とnCBP-2がウィルスのVPgタンパク質と相互作用することを確認しました。そこで、これら2つのアイソフォームをなくせばウイルスの増殖が抑制されると予想し、CRISPR-Cas9を利用したキャッサバ栽培品種60444のゲノム編集により、これらのアイソフォームをコードする遺伝子ncbp-1とncbp-2に変異を導入しました(QアンドA、「ゲノム編集技術とはどのような技術ですか。」参照)。
両方の遺伝子に変異を持つ変異体で感染試験を行ったところ、茎葉部にCBSDに特有の症状が現れましたが、その程度は低減し、また、可食部である貯蔵根での壊死病害の程度も明らかに低減しました。さらに、病害が抑制されている個体は、感染している個体と比べて貯蔵根におけるウイルス濃度が低くなっていることも確認されました。なお、これらのゲノム編集個体でも病害が完全に抑えられたわけではありませんが、病徴は明らかに抑制されており、今後、この成果が抵抗性品種の作出へ利用されると期待されます。
この研究によって、nCBP-1とnCBP-2がCBSDの発病に関わることが示されたものの、他のeIF4EアイソフォームとCBSD発病との関係の全貌はいまだ解明されていません。キャッサバにおけるこれらeIF4Eアイソフォームそれぞれの機能を明らかにするためには、更に研究が必要ですが、この論文は、重要病害に対する抵抗性の付与にゲノム編集が利用できる可能性を初めて示した重要な研究であるといえるでしょう。なお、この研究ではオフターゲット変異(最新バイオテクノロジーを使った品種改良-ゲノム編集技術を用いた品種改良-「オフターゲット変異」参照)についても詳細に調査しており、オフターゲット変異の可能性が想定された箇所のうち、1か所で他の形質に影響を与えない変異があったことを確認していますが、必要により今後の交配で除去可能であると考えられるものでした。

図1.CBSDが発病したキャッサバ

下部の葉に典型的な病斑が現れています(Wikimedia Commonsより)。

 


図2.CBSDウイルスの感染メカニズム

通常、mRNAのキャップ構造に翻訳開始因子(eIF4E)がくっつき、リボソームによるタンパク質合成が始まります。ウイルスに感染すると、キャップ構造とよく似たVPgを持つウイルスのRNAが植物細胞のタンパク質合成系を乗っ取り、ウイルスのタンパク質を合成し病気を起こします。

この記事の元となった論文


Simultaneous CRISPR/Cas9-mediated editing of cassava eIF4E isoforms nCBP-1 and nCBP-2 reduces cassava brown streak disease symptom severity and incidence
(訳)キャッサバの2つのeIF4EアイソフォームnCBP-1とnCBP-2を同時にCRISPR/Cas9で編集するとキャッサバ褐色条斑病の症状の重症化度や症状発生率が低下する
著者名: Michael A. Gomez et al.
Plant Biotechnology Journal 17, 421 (2019) doi: 10.1111/pbi.12987

より詳しく知りたい方のために

*1 キャッサバは、キントラノオ目トウダイグサ科イモノキ属の熱帯低木で、世界中の熱帯で栽培されています。茎の根元にゆるい同心円を描いて両端がとがった細長いイモ(貯蔵根)が数本付きます。キャッサバイモはブラジルでは主食、南米諸国やアフリカでも重要な食材となっています。また、キャッサバイモはタピオカの原料にもなります。 (Wikipediaより)

*2 キャッサバ褐色条斑病(CBSD)は、サハラ以南のアフリカの小規模農家にとって食料と経済を脅かす病害となっています。1930年代に東アフリカの低地および沿岸でCBSDが最初に報告されて以降、ウガンダ、ケニア、タンザニア、ブルンジ、およびコンゴ民主共和国に広がりました。サハラ以南のアフリカ全土に広く分布するコナジラミによって媒介され、葉の白化、茎の茶色の縞状病斑、およびイモの壊死といった症状を引き起こします。壊死性病変のあるイモは、流通に適さないものの、病変部以外は生産農家の食用に利用できます。しかし、感染したキャッサバから得られる可食部の重量は、最大で70%減少します。国際熱帯農業研究所(IITA)の推定によると、CBSDは東アフリカで毎年1億7500万ドルの損失をもたらしています。

  • 企画/解説担当者:津田 麻衣(筑波大学)・髙須 陽子(農研機構)
  • 編集協力者:大島 正弘(農研機構)
  • イラスト担当者:笠井 誠(農研機構)