【2020年2月5日
<要約>
ジャガイモは他の主要栽培作物に比べて品種改良(育種)が難しく、病虫害や環境変化に強い品種の育成に長い時間がかかることから、地球温暖化の影響による生産量の低下が心配されています。四倍体栽培品種の持つ高い生産性を維持したまま新たな形質を導入できるゲノム編集技術は、ジャガイモの品種改良を大きく加速しています。また、有用形質の宝庫である二倍体ジャガイモにもゲノム編集は利用されており、ジャガイモ全体の品種改良への大きな貢献が期待されます。
背景
ジャガイモは、コムギ、イネに並ぶ重要な食用作物であり、炭水化物の主要な供給源となっています。皮や肉の色、肉質、食味、加工特性などの異なる様々な品種が栽培されていますが、種イモによって増殖する性質(栄養繁殖性)と16世紀にアメリカ大陸からヨーロッパにもたらされた四倍体品種*1が世界中に広まった歴史的背景から、日本や欧米の栽培品種はいずれも遺伝的に似通っています。そのため、病気や害虫に対して多くの品種が共通の弱点を持ち、一旦病害虫が発生すると一気に広がりやすい傾向があります*2。
今後、地球温暖化に伴う病虫害や環境ストレスの増加によって、ジャガイモの生産量が低下するという予測もされています*3。ジャガイモの生産量を確保するためには、病気や環境の変化に強い形質を栽培品種に導入する必要があります。
しかし、伝統的な交配による四倍体ジャガイモの品種育成は非常に難しく、時間と労力がかかります。栄養繁殖性のジャガイモは純系化されておらず、他の品種と交配すると、さまざまな形質を持つ雑種後代が生じます(図1)。そして、イネなどのように、戻し交雑により元の品種の有用な形質を維持した改良品種を育成することができないため、優良な形質を持った個体を得るためには、非常に多くの個体を育ててその中から選抜する必要があります。また、新しく導入しようとする形質が複数の遺伝子に支配されている場合、目的の形質を持つ個体を得ることはさらに難しくなります。これらは、ジャガイモの遺伝子機能の解明が他の栽培作物に比べて遅れている原因でもあります。
種子で増える植物や二倍体作物にはないこれらの問題を、ゲノム編集を利用して克服する試みが始まっています。
解説
特定の遺伝子の働きを止めることで新しい形質が得られる場合、ゲノム編集により比較的容易に目的の形質を持つ品種を作出することができます。すでに六倍体であるコムギでゲノム編集の有用性が示されており、四倍体のジャガイモでもゲノム編集で新しい形質を導入した例が報告されています。
これまでに、「低温で保存でき加熱しても有害なアクリルアミドの発生が少ないジャガイモ」や、「人体に有害なソラニンなどの物質をほとんど作らないジャガイモ」、また、「でんぷんの組成が異なるジャガイモ」の開発が報告されています*4。
いずれの場合も、目的の形質を得るためには、4個ある目的の遺伝子すべての機能を止める必要がありましたが、ゲノム編集では一度の操作でそれが実現可能で、交配による目的形質の導入と比べてはるかに短期間で品種を育成できることがわかりました。これらジャガイモのゲノム編集においては、ゲノム編集ツール、すなわち人工のDNA切断酵素(人工ヌクレアーゼ)を細胞内で一時的に作用させる方法か、あるいはその酵素の遺伝子を一旦ジャガイモのゲノムに挿入し、目的の遺伝子に変異を導入した後で交配により除去する方法が利用されています。
しかし、実験の過程で自発的に起こる変異(ソマクローナル変異)や交配によって、目的としない形質も変わってしまうことが課題となっており、今後の技術の改良が期待されます。
一方、二倍体のジャガイモを利用した品種改良を提案している研究グループも、ゲノム編集を利用しています。ジャガイモの原産地であるアンデス高地では、いろいろな種類の二倍体ジャガイモが栽培され、これらと直接交雑が可能な様々な二倍体野生種もアメリカ大陸の広い範囲に生育しています。四倍体の栽培品種ほど高い収量はありませんが、遺伝的多様性が豊かな二倍体ジャガイモは魅力的な育種素材です。また、二倍体であれば、いくつかの有用な形質を安定して発現する系統(純系)を作ることは比較的容易で、そのような系統は育種素材として品種育成に利用できます。
しかし、その障害となっているのが、多くの二倍体品種に見られる自家不和合性(自分の花粉では種を作ることができない)という性質です。自家不和合性は、遺伝的多様性を高め、種の生き残りを有利にする性質ですが、そのような植物は純系化できないため、育種素材としての利用は難しくなります。
米国ミシガン州立大学の研究グループは、ゲノム編集を利用して自家不和合性の原因となっている遺伝子の一つに変異を加え、自分の花粉で受精し、実をつけ種子を作らせることに成功しました。これまでの研究から、めしべで働くS-RNase遺伝子と花粉で働くSLF遺伝子の両方が機能することで、自家不和合性となることがわかっていますが、このうちS-RNase遺伝子の働きを阻害すると、自分の花粉で実をつけ種子を作ることが確認されました(図2)。
自家和合性を獲得することによって、自家交配を繰り返し、純系を作出できるようになります。純系となったジャガイモは種イモではなく真性種子(果実から取れる種子)での栽培が可能となり、さらにはハイブリッド品種の育成もできるようになります。すなわち、これまでのように大きな種イモを利用する必要がなく、画期的なジャガイモ品種の育成が可能となります。
また、二倍体ジャガイモの品種改良の進展により得られた遺伝子機能に関する情報は、ゲノム編集を利用した四倍体ジャガイモの改良にも利用され、ジャガイモ全体の品種改良を加速するものと期待されます。
図1. 交配によって生じる遺伝子の組み合わせの数
図2. ジャガイモの自家不和合性とゲノム編集による自家和合性の獲得
(この記事の執筆にあたっては、浅野賢治博士・農研機構北海道農業研究センターのご協力をいただきました。)
この記事の元となった論文
「四倍体作物、ジャガイモのゲノム編集 ジャガイモ育種の革新」
著者名:梅基直行ら
化学と生物 56, 566 (2018) doi: 10.1271/kagakutoseibutsu.56.566
及び
Overcoming Self-Incompatibility in Diploid Potato Using CRISPR-Cas9
(訳)CRISPR-Cas9を使って二倍体ジャガイモの自家不和合性を打破する
著者名:Felix Enciso-Rodriguez et al.
Front. Plant Sci. 10, 376 (2019) doi: 10.1038/d41586-019-02770-7
より詳しく知りたい方のために
*1 四倍体品種
1個の細胞の中にある染色体の数は生物ごとに決まっており、ジャガイモの栽培品種の主なものは48本の染色体を持つ四倍体と24本の染色体を持つ二倍体です。二倍体は12種類の染色体を2本ずつ持っていますが、四倍体は4本ずつ持っており、もともと二倍体同士が交雑した際、何らかの異常により生じたと考えられています。一般に四倍体植物は二倍体より植物体が大きくなる傾向があるため、栽培品種として広く利用されています。
[背景へ戻る]
*2 ジャガイモ品種の弱点
1845年からの4年間、ヨーロッパ全域のジャガイモにジャガイモ疫病菌(Phytophthora infestans)による病気が蔓延し、アイルランドの大飢饉の原因になりました。当時ヨーロッパで栽培されていた品種には遺伝的多様性がほとんどなく、病気に強い形質を持つジャガイモがなかったため、ジャガイモの生産に大きな打撃を与えたと言われています。
[背景へ戻る]
*3 参考文献
Climate change impact on global potato production
Rubí Raymundo et al. Eur J Agron 100, 87-98 (2018)
doi: 10.1016/j.eja.2017.11.008
[背景へ戻る]
*4 参考文献
(低温保存中の還元糖の生成を抑え、高温加熱によるアクリルアミドの発生を軽減)
Improving cold storage and processing traits in potato through targeted gene knockout
Benjamin M. Clasen et al. Plant Biotechnol J 14, 169-176 (2016)
doi: 10.1111/pbi.12370
(ソラニン等ジャガイモの天然の毒素の発生を抑制)
Sterol side chain reductase 2 is a key enzyme in the biosynthesis of cholesterol, the common precursor of toxic steroidal glycoalkaloids in potato
Satoru Sawai et al. Plant Cell 26, 3763-3774 (2014)
doi: 10.1105/tpc.114.130096
(ジャガイモのでんぷんのうち、アミロースの生成を抑えアミロペクチン含量を増大)
CRISPR/Cas9 system with increased mutagenesis frequency using the translational enhancer dMac3 and multiple guide RNAs in potato
Hiroaki Kusano et. al. Scientific Report 8, 13753 (2018)
doi: 10.1038/s41598-018-32049-2
Efficient targeted multiallelic mutagenesis in tetraploid potato (Solanum tuberosum) by transient CRISPR-Cas9 expression in protoplasts
Mariette Andersson et al. Plant Cell Rep 36, 117-128 (2017)
doi: 10.1007/s00299-016-2062-3
[解説へ戻る]
参考リンク
▶品種改良とバイオ入門「コムギの進化」
- 企画/解説担当者:津田 麻衣(筑波大学)・髙須 陽子(農研機構)
- 編集協力者:大島 正弘(農研機構)
- イラスト担当者:笠井 誠・髙須 陽子(農研機構)