育種材料と品種の開発

種を作らない植物の品種改良:CRISPRでバナナを救え!


【2020年1月29日

<要約>

フザリウム属のカビの一種であるパナマ病菌トロピカル・レース4(TR4)が引き起こす新しいパナマ病がアメリカ大陸にも広がっており、流通量の最も多いキャベンディッシュ種バナナが壊滅の危機に瀕しています。キャベンディッシュは種を作らず、従来の交配による品種改良ができないため、遺伝子組換え技術やゲノム編集技術を用いたTR4抵抗性キャベンディッシュの開発が進められています。

背景

バナナの品種キャベンディッシュは、その食感と食味、輸送に耐えられる丈夫さから世界各地で受け入れられ、現在流通している栽培品種のトップの座を占めています。その裏には、キャベンディッシュが一般的な栽培品種となる以前に最も流通していたバナナ品種のグロミッシェルが、カビが原因で起こるパナマ病により壊滅し、その病気に強いキャベンディッシュが世界的に導入されたという歴史があります。

しかし、今このキャベンディッシュにも別の系統のカビ(TR4)による新パナマ病がまん延し、アジアのバナナ栽培を壊滅させ、オーストラリア、中東、アフリカ、アメリカへも広まっています*1。農薬による防除は効果がなく、キャベンディッシュの代わりになるような抵抗性品種もありません。キャベンディッシュは、種子をつけず、最初の個体の株分けで広まりました。そのため、遺伝的なばらつきが非常に少なく、みな同等に病気に感染しやすい性質を持っています。種子ができないため、交配による育種もできません。そのため、キャベンディッシュの改良には遺伝子組換え技術やゲノム編集技術を利用する方法が有効で、そうした技術でキャベンディッシュにこの病気に対する抵抗性を導入する研究が進められています。

解説

オーストラリアのクイーンズランド工科大学他の研究グループは、まずTR4を含むフザリウム属のカビへの抵抗性を高めると予想される2種類の遺伝子(Ced9RGA2 )をそれぞれ遺伝子組換え法でキャベンディッシュに導入しました。そして、TR4によりキャベンディッシュが壊滅し、まだTR4が多量に残っている圃場で、これらのバナナの栽培試験を行って、新パナマ病への抵抗性を調査しました。

遺伝子を導入しなかった苗では、3年間の試験期間ですべての苗の道管に変色が見られ、大部分が病気に感染するか枯死しました。

一方、2種類の遺伝子それぞれを導入した各5系統のうち4系統ずつで感染率が有意に低く、特にそれぞれ1系統は全く感染の兆候が見られませんでした。RGA2遺伝子を導入したバナナについては、RGA2遺伝子の働きが強いほどTR4に対する抵抗性も強いことが確認されました。

このRGA2遺伝子は、元々、栽培バナナ品種の元となったTR4抵抗性の野生種バナナから見つかった遺伝子ですが(図1)、キャベンディッシュなどの栽培品種ではその働きが弱まっていることが明らかになっています。同じバナナの遺伝子なので、この遺伝子を栽培品種バナナに導入すること自体は、国によっては遺伝子組換えと見なされません*2。そのため、他の遺伝子や配列が導入されていなければ、従来の育種法で得られた植物と同様に広く利用される可能性があります。

また、この研究グループでは、ゲノム編集技術による標的変異誘導により抵抗性品種を得る方法として、キャベンディッシュのRGA2遺伝子をCRISPR/Cas9を用いて編集し、働きを強める試みも行っています。

CRISPR/Cas9を利用して新パナマ病に強いバナナを開発する動きは他にもあります。ケニアの国際熱帯農業研究所では、TR4 の感染を助ける遺伝子の働きを抑える研究を行っており、これをTR4抵抗性のキャベンディッシュの開発に役立てようとしています(図2)。また、植物が遺伝子を制御するのに利用している小さなRNA分子(sRNA)の中に、外部から侵入した病原菌の遺伝子の働きを抑制するものがあることに注目し*3、英国ノーリッチのスタートアップ企業Tropic Biosciencesでは、キャベンディッシュのsRNAの働きを改変し、TR4の遺伝子の働きを抑制する試みを行っています。


図1. RGA2遺伝子の導入によるTR4抵抗性遺伝子組換えキャベンディッシュの開発図2. CRISPR/Cas9を用いたTR4抵抗性キャベンディッシュの開発
TR4の感染を助ける遺伝子の働きを抑制

この記事の元となった論文

・CRISPR could save bananas from fungus
(訳)CRISPRがカビからバナナを救う
著者名:Amy Maxmen
Nature 574, 15 (2019) doi: 10.1038/d41586-019-02770-7
及び
・Transgenic Cavendish bananas with resistance to Fusarium wilt tropical race 4
(訳)パナマ病菌トロピカル・レース4に抵抗性の遺伝子組換えキャベンディッシュ種バナナ
著者名:James Dale et al.
Nature Communications 8, 1496 (2017) doi: 10.1038/s41467-017-01670-6

より詳しく知りたい方のために

*1 「食卓からバナナが消える? 新パナマ病が南米へ 壊滅的被害の可能性、コロンビア政府は非常事態宣言」(National Geographic News)2019.08.21
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/082100478/

*2 遺伝子組換え生物(Living modified organism; LMO)の取り扱いの際の手続き等を定めたカルタヘナ議定書では、「生理学上の生殖または組換えの自然状態での障壁を越え」て作成された生物をLMOとしており、交配が可能な同種の生物の遺伝子を組換えDNA技術を用いて別の個体に移して得られた生物は、「自然状態での障壁を越えて」いないため、LMOとはみなしません。このような操作をセルフクローニングと呼び、日本、EU、米国等ではセルフクローニングで得られた生物を遺伝子組換え生物に対する規制から除外しています。

*3 植物は病気を引き起こす微生物への対抗措置として、sRNAにより植物自身の遺伝子を制御して免疫機能を発動しますが、侵入した微生物の遺伝子の働きを抑えるsRNAも見つかっています。この仕組みを解明することは、作物を病気から守るために役立つと期待されています。

参考文献:Small RNAs – big players in plant-microbe interactions
Chien-Yu Huang et al. Cell Host & Microbe 26, 173-182 (2019)
doi: 10.1016/j.chom.2019.07.021


  • 企画/解説担当者:津田 麻衣(筑波大学)・髙須 陽子(農研機構)
  • 編集協力者:大島 正弘(農研機構)
  • イラスト担当者:津田 麻衣(筑波大学)