【2020年6月24日】
<要約>
アフリカには、害虫、干ばつ、栄養欠乏に耐性をもつイネの在来種が存在していますが、これらの在来種は、その低収量・低品質がネックとなって大規模な商業生産は行われていません。この論文では、アフリカイネの在来種を使って、草丈、穂の長さ、種子サイズなどの収量を制限する4つの遺伝子座を対象に、CRISPR/Cas9システムによるゲノム編集を行い、その結果、収量性が大きく改善されることを確認しました。アフリカの食糧問題解決の一助となる生産性の高い在来品種の開発に、ゲノム編集技術の適用が有効である可能性が示されました。
背景
アフリカのほとんどの地域は、水不足や、水があるのに経済的な要因により水が供給されない状態にあります。近年の気候変動により干ばつの可能性も増大しており、農業に大きな打撃を与えることが危惧されています。慢性的な貧困状態に加え、こうした砂漠化の進行によって、たびたび食糧危機の状態が生じています。2020年上半期中にも、飢餓レベルが危機的状況になる地域が国連により予測されています*1。こうしたアフリカの食糧問題への対応策として、経済支援、インフラ整備などにならんで食糧の増産が強く求められています。特に、アフリカの厳しい農業環境に適応し、同時に高い収量が得られる作物品種を開発することは、アフリカの食糧問題を解決するための重要な方策の一つです。
アフリカでは主食としている穀類が地域ごとに異なりますが、アフリカ全体で見た場合、熱量換算でトウモロコシ、コムギに次いで3番目に多く消費されているのがコメです。全世界のイネの作付面積のうち8.5%をアフリカが占めていますが、生産量では世界全体の5%弱にとどまっており、約90%はアジアで生産されています*2。アジアにおけるイネの栽培は野生種から分化したOryza sativaを用いて約1万年前に始まったとされており、長い栽培化の歴史の中で高い収量性を持つ様々な品種が選抜されてきました。それに対してアフリカでは、約3,000年前の西アフリカのニジェール川上流域におけるOryza glaberrimaの栽培が始まりと考えられており、その後15-16世紀頃には、ヨーロッパ人によってもたらされたO. sativaも栽培されるようになりました。いずれもその地の人々の選抜によって栽培地の環境条件に適応した品種が利用されていますが、集中的・体系的な品種改良は行われてきませんでした。
現在アフリカで栽培されているイネの在来品種にはO. glaberrimaとO. sativaの両方があり、これらは雑草があってもよく育ち、日長の影響を受けにくく、病害虫や気候などの環境変化に強いといった形質を持っている反面、アジアの栽培品種が持っている人間にとって有利な形質、例えば、倒れにくい、種子が大きく数が多い、脱粒しにくいといった形質は持っていません。
2002年にO. sativaの全ゲノム情報が公開されて以来、アジアのイネが栽培化される過程で獲得した形質、すなわち高い収量をもたらす遺伝子群とその機能を解明する研究が大きく進展しています。中国の研究グループは、その成果を利用してイネにCRISPR/Casシステムを用いたゲノム編集を適用し、優良イネ品種の収量をさらに大幅に向上させたとする研究を発表しています*3。ここで紹介するのは、これまで積極的な品種改良が行われてこなかったアフリカイネの在来種を、ゲノム編集によって、アフリカに適した栽培特性を残しながら収量性の高いイネに改変する試みです。
解説
イタリアとフランスの研究グループは、遺伝子操作に適した性質を持つガーナ北部の在来種「Kabre」を用いて、イネの収量性に関わる4つの遺伝子の機能を失わせることで実際に収量性が改善するかを調べました。
まず、分げつ(根元付近の枝分かれ)を抑制し、草丈を高くする働きをする遺伝子HTD1をターゲットとするゲノム編集ツール(CRISPR/Cas9)をKabreに組み込んでKabreのHTD1を改変しました。CRISPR/Cas9ツールを持たないヌル分離個体の中から、HTD1の配列が7塩基あるいは17塩基欠失した個体を選び、元のKabreと比較しました。その結果、ゲノム編集により改変されたKabreでは、草丈の低下と分げつの増加が確認されました。すなわち、KabreのHTD1の機能を失わせることでイネが倒れにくくなり、収量の減少を抑えることができると考えられます(図1)。
図1. 在来品種Kabreに変異を導入したイネの収量性に関わる遺伝子
次に、おなじ在来種Kabreを使って、収量性を抑える働きをする3つの遺伝子(GN1A, GS3, GW2)を1回のゲノム編集で改変し、これらの遺伝子が壊れたKabreの変異体を野生型のKabreと比較しました。GN1Aは穂の長さを、GS3は種子の長さを、GW2は種子の重量と幅を抑制する遺伝子であることが報告されています。これらのどの遺伝子を壊して機能を止めても、種子の数あるいは重量が増え、収量性は上がると予想しました。結果は予想通りで、穂の長さを抑制する遺伝子GN1Aを改変した植物では、野生型と比較して、穂の長さが約49%増加しました。穂が長くなることで種子の数も増えて収量が大幅に増えると期待されます。また、種子の長さを抑制するGS3を壊した場合は、やはり予想通り野生型より長い種子を形成しました。GS3に加えて他の2つの遺伝子のうちGN1Aあるいは両方が改変された場合も、やはり野生型より穂も種子も長くなりました。種子の幅と重量を抑制するGW2については、この遺伝子だけが壊れたgw2変異体は得られませんでしたが、3つの遺伝子すべてが変異した個体については、野生型や他の変異体に比べて種子の幅が大きく増加し、1粒当たりの重さも野生型より24%増加していました。したがって、Kabreでは、3つの遺伝子のうちGW2の変異が種子の幅と重量の増加に最も寄与していることが分かりました。実際にアフリカの環境条件の下で栽培した場合、期待通りに収量が増加するかどうかはまだ確認していませんが、Kabreの持っているイネの栽培化に関わる遺伝子に変異を入れてその働きを止めることで、環境への適応性を損なうことなく、収量を大幅に改善させられる可能性が示されました。
これまでゲノム編集を利用した作物の品種改良として、収量の高い優良品種に、病害抵抗性や環境適応性を導入する例が比較的多く提案されていますが、これが可能なのは、関係する遺伝子とその機能が明らかになっているごく一部の形質に限られます。そして、植物の環境適応性には多数の遺伝子が複雑に関係していることが多く、メカニズムの解明には長い時間がかかります。しかし、この研究が示したように、栽培化に関わる遺伝子がわかっていれば、収量は低くても環境に適応している「ネイティブ」な在来種を使って、高収量品種を作り出すことにもゲノム編集は力を発揮します(図2)。現在、日本や米国等では、外来遺伝子を含まないゲノム編集植物の多くは遺伝子組換え作物に該当しないとされており、それによって開発コストが大幅に抑えられることから、利用者が少なく特定のニッチに適応した作物の開発でも採算がとれるようになります。これによって、地元の農家は、生産性と持続可能性を両立しながら、なじみある作物を高収量で生産できるようになると期待されます。こうした品種改良の適用がアフリカにふりかかる人口増加と気候変動による食糧問題の解決につながることは十分に考えられます。
図2. ゲノム編集を利用した栽培作物の品種改良
この記事の元となった論文
CRISPR-mediated accelerated domestication of Africa rice landraces
著者名:Elia Lacchini et al.
PLOS ONE 15(3), e0229782 (2020) doi: 10.1371/journal.pone.0229782
より詳しく知りたい方のために
*1 国連WFP 報告書 -2020年に危機的な飢餓状況に陥ると推測される地域を公表
https://ja.wfp.org/news/world-food-programme-forecasts-global-hunger-hotspots-new-decade-dawns
*2 FAOSTAT Data_Production (2018)/Food Balance (2017). Accessed on May 26 2020.
http://www.fao.org/faostat/en/#data/QC
*3 Multiplex QTL editing of grain-related genes improves yield in elite rice varieties.
著者名:Jianping Zhou et al.
Plant Cell Reports 38, 475-485 (2019) doi: 10.1007/s00299-018-2340-3
- 企画/解説担当者:津田 麻衣(筑波大学)・髙須 陽子(農研機構)
- 編集協力者:髙野 誠(筑波大学)
- イラスト担当者:笠井 誠(農研機構)