育種材料と品種の開発

CRISPRでダイズの開花を早めて多様な日長帯に適応できるダイズ品種を育種しよう!


【2020年4月3日】

<要約>

ダイズは世界的に重要な作物ですが、その収量を高める方法のひとつとして、日の長さが異なるそれぞれの地域ごとに最も適したタイミングで開花する品種の開発が注目されています。ダイズの開花特性には多数の遺伝子が関与しています。この論文では、これらの遺伝子のひとつにゲノム編集技術で変異を入れることでダイズの開花特性が変化することを実証しています。こうしたゲノム編集技術の適用によって、今後、ダイズの優良品種の開花特性を変化させ、栽培地域を拡大できる可能性を示しています。

背景

植物の花は種子、すなわち子孫を作るための大切な器官です。よい種子をたくさん残すために最適なタイミングで花を咲かせられるよう、植物は開花時期をコントロールする機構を備えています。植物が開花に最適な時期を知るための環境条件のひとつに日長があります。一日のうちの昼の長さがある一定時間(これを限界日長といいます)以上になる(冬から夏に向かう時期)と花を咲かせる植物を長日植物、逆に限界日長より短くなると(夏から冬に向かう時期)花を咲かせる植物を短日植物といいます。

ダイズはイネやアサガオと同じ短日植物のひとつですが、ダイズの品種によって限界日長が異なることが知られており、日長条件が合わないと開花が遅れたり花が咲かなかったりします。一般に高緯度地域では、低~中緯度地域に比べ夏の日長が長く、多くのダイズ品種では限界日長以下になる日付が遅くなるため、開花の時期は遅くなります(図1)。そこで、高緯度地域ではダイズの十分な生育に必要な夏の期間が短いことから、高い収穫量を得るために開花を早め、9月中頃には成熟させる必要があります。そのため、高緯度に位置する北海道では、日長が長い夏の早い時期に開花できる品種が望まれています。このように、開花時期はダイズの生産量に直結する重要な形質です。アメリカではダイズの品種を限界日長の長さごとに12のグループに分類し、それぞれの日長帯に適した品種を栽培することで世界一の生産量を達成しています。

日本ではダイズというとしょう油、豆腐、納豆など食品原料のひとつというイメージが強いかもしれませんが、世界的には、ダイズに豊富に含まれるタンパク質と油分は高い経済的価値があり、収量性や種子の品質向上に向けて育種を加速していくことはとても重要とされています。

育種を加速するために現在最も期待されている方法のひとつが、ゲノム編集技術です。ダイズにゲノム編集技術を適用した研究はすでに多数行われていて、一度に8つの遺伝子を編集した例が報告されているほか、アメリカではオレイン酸を多く含むダイズ品種が作出され、そのダイズ油*1は商品として流通し販売されています。

図1. 緯度と日長の関係

解説

ダイズの開花から成熟までの期間を制御する遺伝子として、これまでに11の遺伝子が特定されており、それぞれ機能が異なるこれらの遺伝子の組み合わせによって、開花時期が決定されます。この中で最も重要とされるE1遺伝子は、開花を促進する2つの遺伝子GmFT2aとGmFT5aを介して開花と成長を制御します(図2)。E1遺伝子は限界日長よりも昼が長い(長日)条件で機能し始め、GmFT2a/5aの働きを止めることで開花を遅らせます。この遺伝子の働きが弱まった劣性対立遺伝子e1にはGmFT2a/5aの働きを止める機能がないため、E1遺伝子を持つ品種よりも開花時期が早まります。e1にはいくつかのタイプ(e1-af、 e1-fs、e1-nl、e1-b3aなど)があり、それぞれ開花の早まる程度が異なることも分かっていますが、e1遺伝子を持つダイズ遺伝資源は数が少なく、高緯度地域に活用できるダイズ品種の育成を困難にしています。

図2. 従来ダイズ品種のE1/e1遺伝子による長日・短日条件下での開花反応

Han et al. (2019) の論文では、ダイズのE1遺伝子をゲノム編集技術でノックアウトすることでE1遺伝子の変異体を作出し、開花時期への影響を調べています。ゲノム編集技術を行う際にはダイズの遺伝子操作が必要になります。研究グループ は、遺伝子操作が可能な限られたダイズ品種の中のJackという品種を使って、E1遺伝子をゲノム編集技術の標的としたガイドRNAとCas9の遺伝子を導入したダイズ(T0植物)を作り出しました。そこから二世代自殖を繰り返したT2植物の中には、1対のE1遺伝子のうち両方に変異が誘導されているもの(ホモ変異体)、一方だけに変異が誘導されているもの(ヘテロ変異体)、変異が起きていないもの(野生型)の3タイプが確認されました。

両方のE1遺伝子が壊れたホモ変異体は、E1が機能している野生型植物では開花が抑えられている長日条件でも開花しました。同じ長日条件で栽培を続けたところ、野生型植物がようやく開花した時には、ホモ変異体はすでに莢(さや)を形成していました。開花までの平均日数は、野生型で57日、ホモ変異体で38日となり、E1遺伝子へ変異の導入により、開花時期が約20日早くなりました。

ゲノム編集技術によって変異が導入されたE1遺伝子は、これまで報告されているe1遺伝子が持つ変異とは異なる塩基配列の変異を持つことがわかりましたが、その開花特性はこれまでに知られている完全に機能が失われたe1変異体であるe1-fsおよびe1-nlの特性と同等でした。なお、ダイズ以外の生物から導入した遺伝子がゲノムに残っていた場合、遺伝子組換えダイズとして規制を受けることになるため、ゲノム編集技術で得られた植物にゲノム編集技術のために導入した遺伝子が残存していないか調べたところ、T1世代で得られたホモ変異体の中に導入遺伝子が残っていない個体が見つかりました。その個体から得られた50個体のT2植物からも導入遺伝子は検出されませんでした*2

この研究で得られた結果によると、現在、中・低緯度地域で利用されている既存のダイズ品種のE1遺伝子をゲノム編集で改変することで、その品種の特性を大きく変えずに高緯度地域でも利用できるダイズ品種へ改良することが可能です。このように、ゲノム編集によって、高緯度地域に適応したダイズを育種する上で足かせとなっていた遺伝資源の不足という問題が解消するとともに、ダイズの育種に要する期間が大幅に短縮し、育種が効率化することが期待されます。

(この記事の執筆にあたっては、渡邊啓史博士(佐賀大学農学部)のご協力をいただきました。)

この記事の元となった論文

・Creation of Early Flowering Germplasm of Soybean by CRISPR/Cas9 Technology
著者名:Jianan Han et al.
Front. Plant Sci. 10, 1446 (2019) doi: 10.3389/fpls.2019.01446

より詳しく知りたい方のために

*1 Calyxt “Calyno High Oleic Soybean Oil“(Calyxt社の高オレイン酸ダイズ油 Calynoの紹介ページ)
https://calyxt.com/products/high-oleic-soybean-oil/

*2 ゲノム編集技術で作出した植物の後代の個体の中に、導入遺伝子を持たないゲノム編集個体、すなわちヌルセグリガント(ヌル分離個体)が得られます。このヌルセグリガントの規制上の取扱い(「ゲノム編集の取扱いルール」参照)については、遺伝子組換え生物に該当しない植物として取り扱う国と、遺伝子組換え生物に該当する植物として同じ規制の対象とする国とに世界で大きく分かれています。遺伝子組換え生物に該当しないとする国では、ゲノム編集農産物の商業化への道筋が遺伝子組換え農産物に比べて簡略化されます。そのため、ゲノム編集の適用後、ヌルセグリガントが作られていることを確認することは、科学的な重要性だけでなく規制上の取扱いにおいても重要な意味を持っています。


  • 企画/解説担当者:津田 麻衣(筑波大学)・髙須 陽子(農研機構)
  • 編集協力者:大島 正弘(農研機構)
  • イラスト担当者:笠井 誠(農研機構)