知的財産の動向

シリーズ:いちから分かるバイオと知財の話
【第5回】特許要件(新規性/進歩性、拡大された範囲の先願、実施可能性/サポート)

【2022年4月2日】

ある発明について特許出願をしたからといって、必ずしもそのまま特許になるわけではありません。特許出願後、特許庁審査官が発明内容につき特許要件を満たすか否かの審査を行い、全ての特許要件を満たす場合にのみ、特許が付与されます。特許要件を満たさない場合には、審査官から出願人に拒絶理由が通知され、その後の対応で、この拒絶理由が解消されないと特許が拒絶されてしまいます。

-発明の新規性/進歩性-

特許要件には、様々なものがありますが、代表的なものとして、まず、「発明の新規性」と「発明の進歩性」が挙げられます。

自分が新しい発明をしたと思って特許出願したものの、実際は、同じ発明が特許出願前に知られていた場合、「発明の新規性」が否定されます。世の中に生み出される発明は、どこかしら違いがあり、全く同じ発明は、滅多に生みだされるものではないと言えますが、実務上、しばしば発明の新規性を満たさないとの拒絶理由が通知されることがあります。その典型的な原因の一つとして、権利としての実効性を高めるなどの目的で、特許出願する際、一般に、実施例で直接裏付けられた範囲よりも広い発明概念で権利請求することが挙げられます。

発明の新規性の評価は、権利請求された内容(特許出願書類の”特許請求の範囲”という項目に記載された内容)に基づいて行われますので、仮に、実施例レベルで特許出願前に公開された発明(以下、「先行技術」と称する)と違いがあったとしても、権利請求された広い発明概念に、先行技術が含まれてしまう場合には、発明の新規性が否定されることになります。この場合、例えば、先行技術を含まない範囲となるように特許請求の範囲を限定する補正を行えば、拒絶理由を解消することができます。

発明の新規性の拒絶理由が通知される他の原因としては、特に、大学から出願された発明においてよく見受けられますが、特許出願前に、自ら発明を公開してしまうことです。発明の新規性の判断は、自他を問わず公開された内容が考慮されますので、例えば、特許出願前に学会発表を行ったり、投稿論文が発行されてしまうと、原則として、発明の新規性を失ってしまうことになります。

日本国では、自ら公開してから1年以内に所定の手続きを行って特許出願を行った場合には、発明の新規性を喪失しないという救済規定がありますが、この救済規定を適用せずに特許出願を行った場合には、特許の取得が非常に困難になりますので注意が必要です。

発明の新規性を満たしたとしても、特許を取得するためには、「発明の進歩性」という、より高いハードルを越えなくてはなりません。特許出願した発明が、先行技術と相違するとしても、先行技術を基に、発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」と称する)が容易に想到できる場合には、発明の進歩性がないとして、特許が拒絶されることになります。

“当業者が容易に想到できる”か否かの評価においては、先行技術との相違点たる特徴が斬新なものであるか否かや、この特徴により先行技術から予期できない格別の効果がもたらされるか否かなどが考慮されます。仮に、実施例に記載された発明が斬新であったり、格別の効果を有していても、この斬新さや効果をもたらす技術的特徴を十分に特定せずに広い権利範囲を請求した場合には、その権利範囲で特定された発明の全体に渡っては発明の進歩性がないことになってしまいますので、請求する権利範囲が広いほど、拒絶理由が通知される可能性が高まることになるのは、発明の新規性の場合と同様です。

-拡大された範囲の先願-

同一発明が記載された他者の先行特許出願が自己の特許出願前に公開されていた場合には、発明の新規性を満たさないことになりますが、この他者の先行特許出願が自己の特許出願後に公開された場合には、どのように扱われるでしょうか。この場合、発明の新規性ではなく、「拡大された範囲の先願」という特許要件に違反するとして拒絶理由が通知されます。先願主義(関連記事1)の下で重複特許を防止するため、先行特許出願の請求項に記載された発明と同じ発明については特許を取得することができませんが、拡大された範囲の先願の特許要件により、先行特許出願によって他者の発明を排除できる範囲が、請求項のみなのみならず、明細書や図面にまで拡大されています。発明の新規性の場合と同様、他者の先行特許出願に記載された発明を含まない範囲となるように特許請求の範囲を限定する補正を行うことにより、拒絶理由を解消することができます。

-実施可能性/サポート-

仮に、特許出願した発明に近い先行技術が存在せず画期的なものであったとしても、必ずしも広い権利が取得できるとは限りません。ここで関係してくるのが「実施可能性」と「サポート」の特許要件です。権利請求している範囲が、実施例によって直接裏付けられている範囲であれば問題ありませんが、上記の通り、権利としての実効性を高めるなどの目的で、特許出願する際、一般に、実施例で直接裏付けられた範囲よりも広い発明概念で権利請求することが行われますので、実施可能性/サポートも、発明の進歩性と並んで、拒絶理由が通知される頻度が高い特許要件となっています。権利請求された広い発明の範囲を実施するには、当業者に過度な実験を要すると考えられる場合や、この範囲が明細書において十分に裏付けられていないと考えられる場合には、これら要件に基づく拒絶理由が通知されることになります。

-優先権との関係-

最初の特許出願に基づいた優先権を主張して、実施例を追加して内容を充実させた特許出願を行った場合において、権利請求された広い発明の範囲が、後の特許出願では実施可能性/サポートの要件を満たすが、最初の特許出願では満たさない場合には、どのように扱われるでしょうか。この場合、優先権の主張は認められず、最初の特許出願の出願日まで遡及する効果(以下、「遡及効」と称する)が認められないことになります。その結果、最初の特許出願後(かつ、後の特許出願前)に公開された文献などに基づいて、発明の新規性/進歩性の拒絶理由が通知されたり、最初の特許出願後(かつ、後の特許出願前)の他者の特許出願に基づいて拡大された範囲の先願の拒絶理由が通知されることになります。

このように優先権主張を伴う特許出願の場合には、当初の特許出願における「実施可能性/サポート」が優先権主張の可否に影響し、この優先権主張の可否が「発明の新規性/進歩性」や「拡大された範囲の先願」の判断の基準時に影響を与えることになります。
(著者:弁理士 橋本一憲・セントクレスト国際特許事務所 副所長)

<関連記事1>

関連記事1”>シリーズ:いちから分かるバイオと知財の話【第3回】先発明主義と先願主義

シリーズ:いちから分かるバイオと知財の話

ゲノム編集技術の産業応用を考える上で、特許の問題は避けることができません。ゲノム編集技術の基本特許は海外に押さえられているから、日本の企業は莫大な使用料を払わない限り、ゲノム編集製品の開発はできない、といった声も聞かれますが、果たしてそうでしょうか? 我が国でも、ゲノム編集に関する新たな基本技術や優れた応用技術が開発され、特許化が進められてきています。ゲノム編集技術をとりまく特許について正しく理解し、しっかりとした知財戦略(ライセンスインするのか、回避するのか)を立てて開発や商品化を進めることが重要です。このコラムでは、セントクレスト国際特許事務所の橋本一憲弁理士に、特許の基礎からゲノム編集技術の特許に関わる国内外の動向、さらに知財戦略の考え方まで、いちから分かりやすくシリーズで解説していただきます。


シリーズの全記事

著者のプロフィール

橋本 一憲 (HASHIMOTO Kazunori)

橋本弁理士の似顔絵<略歴>1993年東北大学理学部生物学科修士課程修了/1995年弁理士登録/1996~2005年特許事務所勤務/2005~2009年東京医科歯科大学知的財産本部特任准教授/2007年より㈱IPセントクレスト代表取締役/2009年より特許業務法人セントクレスト国際特許事務所代表社員(副所長)、弁理士<研究テーマと抱負>内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)、新たな育種体系の確立(第I期)、バイオテクノロジーに関する国民理解等(第II期)、知的戦略担当(ゲノム編集技術)。<趣味>サイクリング、映画鑑賞、サンゴ/熱帯魚飼育。