CRISPR/Cas9基本特許を巡る争い(カリフォルニア大学 vs ブロード研究所)が米国特許商標庁で決着

米国におけるCRISPR/Cas9の基本特許を巡る、カリフォルニア大学とブロード研究所との2回目の特許紛争(インターフェアレンス:106115号)に対して、2022年2月28日に米国特許商標庁の審決が下されました。

両者は、一分子ガイドRNAのCRISPR/Cas9系を真核細胞で機能させる発明に関して、その発明日を争っていましたが、2020年9月10日の米国特許商標庁の中間的な裁定では、“出願日を基準とした発明日”は、ブロード研究所(2012年12月12日)がカリフォルニア大学(2013年1月28日)よりも早い日付となると認定され、ブロード研究所が優位な立場を築いていました(関連記事:①CRISPR/Cas9基本特許を巡る米国での争いが最終フェーズへ )。

その後、審理は、両者証拠を出し合って“実際の発明日”を立証する最終段階へと移行していましたが、今回の審決で米国特許商標庁は、実際の発明日においても、ブロード研究所が優位であるとの判断を下しました。

米国における実際の発明日の優位性は、最初に”発明の実施化”を行った者に対して与えられますが、発明の実施化で後れをとった場合でも、“発明の着想”で先行しており、かつ、その後、”実施化に向けた誠実な努力”をしていた場合には、その者に優位性が与えられます。

カリフォルニア大学側は、まず、“発明の実施化”に関して、2012年8月9日までにゼブラフィッシュ胚での実験を行い、30の胚のうちの1つに変異が導入されたことを主張しました(共同出願人であるウィーン大学のレブレ博士の実験)。米国判例上、実用性の確立に試験が必要とされる発明の場合、発明の実施化が認められるためには、その”試験の成功の認識と評価”が必要となりますが、レブレ博士の実験については、証拠として提出された共同研究者間のメールでのやり取りやスライドにおいて、「ヒントは得たが興奮しすぎるべきではない」と記載されていたこと、導入された変異が非特異的である可能性に言及していたこと、(一部のメールについては)別途行ったメダカの実験に対する評価の可能性もあること、などを根拠に、“試験の成功の認識や評価”の存在が認められませんでした。カリフォルニア大学の当初の出願に、このゼブラフィッシュの実験データが含まれていなかったことや、この実験につき何ら刊行されることなくレブレ博士のプロジェクトが終了したことも、実験が成功ではなかったことの判断材料とされました。

また、カリフォルニア大学側は、“発明の着想”に関しては、2012年3月1日までに完全な着想を得ていたと主張しました。米国判例上、完全な着想と言えるためには、“確定的かつ恒常的なアイデア”が発明者の中で形成されていることを要します。カリフォルニア大学側は、完全な着想を得ていた証拠として、一分子ガイドRNAのCRISPR/Cas9系を哺乳動物細胞で機能させる新規アイデアが記載されたジネック博士の実験ノートなどを提出しました。さらに、この着想がその後の実施化まで変化していないことを根拠に、「発明の着想が確定的かつ恒常的である」と主張しました。しかしながら、この着想後のゼブラフィッシュ胚やヒト細胞での度重なる実験の失敗やそれに対する発明者の疑念を示した共同研究者間のメールの存在などを根拠に不確実性があったとして、“確定的かつ恒常的なアイデア”を得ていたとは認められませんでした。

一方、ブロード研究所側は、“発明の実施化”に関して、マウス細胞やヒト細胞において一分子ガイドRNAのCRISPR/Cas9系を機能させた実験が開示された論文のサイエンス誌への投稿を根拠に、2012年10月5日までに発明の実施化を行っていたと主張するとともに、論文のレビュアーのコメントやアクセプトの事実から、“試験の成功の認識と評価”があったと主張しました。このブロード研究所の主張は、米国特許商標庁により認められました。

なお、カリフォルニア大学側は、より遅い日付での発明の実施化の主張も行いましたが、2012年10月5日というブロード研究所側の日付に対して劣位であるため考慮されず、また、ブロード研究所側は、より早い日付での発明の実施化の主張も行いましたが、それら日付は結論に影響を与えないため(2012年10月5日という、より遅い日付で十分であるため)考慮されませんでした。

以上の結果、最終的に、米国特許商標庁は、ブロード研究所側に2012年10月5日までに発明の実施化があったとして発明日の優位性を認定し、対象となったカリフォルニア大学側の発明の特許性を否定しました(旧米国特許法102条(g))。この審決に対して、カリフォルニア大学側は、一定期間内に上訴することが可能です。

なお、本審決の評価においては、以下の点に留意する必要があります。

・今回のインターフェアレンスの対象は、あくまで「一分子ガイドRNA×真核細胞」のCRISPR/Cas9系に関する特許であり、1回目のインターフェアレンスで対象となったカリフォルニア大学の基本特許などは対象とされていません。従って、本審決により、カリフォルニア大学の基本特許群全体の特許性が否定されたわけではありません。

・米国において、現在、両者は、ツールジェン社とシグマアルドリッチ社のそれぞれとの間でも、CRISPR/Cas9系に関してインターフェアレンスでの争いを行っており、今回の審決をもって、必ずしも、CRISPR/Cas9系の基本発明に関する全体的な解決となるわけではありません。

・今回のインターフェアレンスは、先発明主義時代に出願された特許に対する米国での紛争(現在、米国は先願主義を採用)であり、日本やその他の国とは、権利範囲やその有効性が異なります(関連記事:②米カリフォルニア大学のゲノム編集に関する2件目の基本特許が日本で成立 、③いちから分かる!バイオと知財の話 【第4回】優先権制度)。

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