農研機構にて「ゲノム編集研究施設見学会」が開催されました

【イベントレポート】
2022年10月25日、国立研究開発法人  農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)にて、「ゲノム編集研究施設見学会」が開催され、企業の方や大学生、農業者など、合わせて23名が参加しました。
見学会では、大阪大学の村中俊哉教授によるゲノム編集ジャガイモについての説明、ゲノム編集の研究を行っている施設の見学、研究者との意見交換が行われました。
ここではその様子をご紹介します。

 

 


1. 農研機構はどんなところ?

農研機構(本部:茨城県つくば市)は、全国各地に研究拠点を置く農業分野における日本最大の研究機関です。農畜産物の品種改良、栽培・生産、スマート農業、データ連携基盤や防疫など基礎から応用まで幅広い分野で研究開発を行っています。農研機構では、品種改良技術の一つであるゲノム編集の研究も行われていることから、見学会が行われました。

品種改良に関する施設としては、

  • ゲノム編集作物の実験施設である「作物ゲノム育種実験施設」(写真1)
  • iPB法によるゲノム編集技術の研究室「iPB法研究室」
  • 動植物や微生物の遺伝資源の収集・保存・配布などを行う「ジーンバンク」(写真2)
  • 品種改良など農林水産分野の研究成果を展示している「食と農の科学館」(写真3)

が完備されており、この4施設を見学しました。

 

写真1.作物ゲノム育種実験施設

写真2.ジーンバンク

写真3.食と農の科学館

2. ゲノム編集技術を利用した「天然毒素低減ジャガイモ」の研究内容を紹介

ジャガイモは購入してしばらくすると芽が出たり、明るいところに置くと緑に変色したりします。この芽や緑色に変色した部分にはソラニンやチャコニンなどのステロイドグリコアルカロイド(以下、SGAという)と呼ばれる毒性物質が作られ、食中毒1)を引き起こします。

ジャガイモ育種会社やさまざまな団体・機関においてSGAの低減化に向けた取り組みが長年行われていますが、未だに解決されていません。

そこで、大阪大学 村中教授の研究グループは、ジャガイモがSGAを生合成する経路に着目しました。TALENというゲノム編集技術を用いて、SGA生合成に必要なSSR2という酵素遺伝子を改変することにより、ゲノム編集していないジャガイモと比べて、ソラニンとチャコニンが極めて少ないジャガイモを作り出すことができました(表1)。

 

表1.ゲノム編集していない個体(コントロール)とゲノム編集個体(#11,#71,#186)のソラニン、チャコニン含量の比較(Yasumoto et al. (2019) Plant Biotechnol)を基に一部改変

2021年度からは、品種「さやか」のゲノム編集個体について、農研機構において研究目的の野外試験が開始されました(写真4)。

今後、「メークイン」のゲノム編集個体についても研究目的の野外試験が行われる予定とのことです。さらに、ゲノム編集技術を用いて、芽そのものが出にくいジャガイモや、アミロース含量を抑制することでモチモチ感が増すジャガイモなどについても、実用化に向けた基礎研究が行われています。

写真4.ゲノム編集ジャガイモ

3. ゲノム編集技術により開発された「穂発芽耐性コムギ」の研究施設を見学

日本ではコムギの収穫が梅雨の時期と重なります。しかし、コムギの穂は濡れると収穫する前に子実が穂についたまま発芽する「穂発芽」が起きてしまい、写真5の右のようになると商品価値がなくなってしまいます(写真5)。

そこで、岡山大学と農研機構の共同研究により、種子休眠に関わる遺伝子をCRISPR/Cas9というゲノム編集技術により改変し、休眠期間を長くすることで、収穫期に雨に濡れても発芽しにくいコムギを開発しました。

見学会では、ゲノム編集コムギの研究施設や室内で栽培されている様子(写真6)を見ることができました。

現在は、岡山大学及び農研機構のほ場において、ゲノム編集コムギの野外栽培試験が行われています。

 

イネの穂

写真5.左:ゲノム編集により穂発芽耐性となったコムギ
右:穂から発芽したコムギ(ゲノム編集していない個体)

写真6.左:ゲノム編集をしていないコムギ
右:ゲノム編集をしたコムギ

4. iPB法を目の前で実演!

ゲノム編集により植物を開発する場合、ゲノム編集酵素を植物細胞に導入した後、組織培養2)という作業を経て、植物体を作ります。しかし、この組織培養を経た個体はなかなかうまく育たないため、培養過程を経ないiPB (in planta Particle Bombardment)法という技術が開発されました。

iPB法3)は植物の生長点にDNAやタンパク質を直接導入する技術です。見学会では、コムギの種子を使って実演が行われ、顕微鏡と針を使ってコムギの種子の外側の皮と未熟な葉を取り除き(写真7)、パーティクルガンにより金粒子にコートした遺伝子が撃ち込まれる様子(写真8)を見ることができました!

 

写真7.顕微鏡と針を使いコムギ種子から外側の皮と未熟な葉を取り除く(農研機構 手塚研究員)

 

写真8.iPB法の説明の様子(農研機構 今井エグゼクティブリサーチャー(左)、アキリ上級研究員(中央))

5. 16万種の種子が保管されているジーンバンク

ゲノム編集を行う上で、遺伝情報は欠かせません。このジーンバンク (遺伝資源センター)は 、遺伝情報の基となる“遺伝資源”を保存・配布する施設です。種子保存庫は温度-1℃、相対湿度30%に保たれており、温度・湿度を安定させるため、人の入出は行わず、保存庫内は全て自動化されています(写真9)。

ジーンバンクでは、16万種4)の種子を保存するだけでなく、今ある種子を後代に引き継ぐため、5年に1回発芽などを確認したり、海外へ遺伝資源の探索を行ったり、大学などの研究機関へ種子の提供などを行っています。

写真9.配布用種子保存庫

6. 見学会後にSNSで情報発信

各施設を見て回った後に、大阪大学 村中教授・安本助教、農研機構新技術対策課 髙原課長と意見交換が行われました。

そこでは、ジャガイモの天然毒素を少なくすることに加えて、出芽を抑えたり、線虫や病害に対する抵抗性は付与できないか?なぜ「さやか」という品種を選んだのか?SSR2を改変したことによるデメリットは?どういう情報を行政に提出すればいいか?などの質問が出ました。

見学会終了後は、参加者のアカウントで「ゲノム編集」「毒素」「ジャガイモ」のハッシュタグをつけて、見学会についてSNSによる情報発信が行われました。

(著者:森山 力・農研機構)

用語解説

1)SGAによる食中毒:令和3年までの10年間で280名が食中毒の被害にあっています。(厚生労働省)

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2)植物における組織培養:植物の葉や茎、胚などから細胞・組織を取り出し、無菌条件のもと、適当な栄養が含まれる培地上で増殖(培養)すること

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3)iPB法について詳しく:コムギ植物体にDNAを直接導入する新しい形質転換技術

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4)つくばにあるジーンバンクには16万種の種子が保存されています。農研機構全体では種子や芋、果樹を含めて約23万点を保存しています。(研究成果) 適切な環境で保存すると、種子の寿命はどのくらい?

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参考記事