基礎・基盤研究技術の開発

ウイルスを「運び屋」にした新しいゲノム編集
~植物にDNAを導入せずにゲノムを編集~

【2021年12月24日】

<要約>

中国浙江(せっこう)大学の研究グループは、ウイルスにゲノム編集酵素遺伝子を運ばせることにより、外来遺伝子を植物のゲノムに組み込まないゲノム編集を行いました。

一方、農研機構の研究グループは、より多くの農作物で使えるウイルスに着目しました。そのウイルスを使うことでゲノム編集に加え、ゲノムを切らずに改変する塩基編集も可能であることを示しました。

これらの成果をもとに技術が確立されれば、ゲノム編集で品種改良ができる対象作物・得られる性質の幅が広がります。

背景

一般的な植物のゲノム編集方法では、まず遺伝子組換え技術を用い、特定のDNA配列を切断するゲノム編集酵素遺伝子を細胞内で働かせます(図1)。酵素の作用で変異が起きた後、この外来遺伝子は必要なくなります。

交配などで外来遺伝子が除去されたゲノム編集個体(ヌル分離個体)を選び出すことができれば(図1)、監督省庁へ情報提供・届出を行うことで遺伝子組換え植物としての規制を受けずに利用できる可能性があります。

しかし、ジャガイモなど種子で増殖しない栄養繁殖性作物*1では、導入した遺伝子を交配で除くことが難しく、必要がなくなった外来遺伝子が残ったままになってしまいます。

ゲノム編集作物の利用を円滑に行うため、外来遺伝子が植物に残らないゲノム編集方法が求められていました。

図1. 植物での一般的なゲノム編集と外来遺伝子除去方法

解説

植物ウイルスは感染すると自らのゲノム情報を植物に読み取らせ、タンパク質を生産させる、ゲノム自体を複製させる、という仕組みを持っています(図2A)。それを利用し、ウイルスのゲノムに外来遺伝子をつなげて植物細胞へ運ばせる方法があります。ゲノム編集酵素遺伝子をウイルスに運ばせれば細胞内で酵素が生産され、ゲノム編集ができるのではないかと推測されていました。

ウイルスにはゲノムがDNAでできているDNAウイルス、RNAでできているRNAウイルスがあります。植物のゲノムはDNAでできているので、RNAウイルスに外来遺伝子を運ばせても、それが植物のゲノムと融合してしまうことはありません。また、不要になったウイルスは生長点培養*2などの技術で植物から除去できます。

つまり、RNAウイルスを用いてゲノム編集ができれば、外来遺伝子を残さない品種改良が容易になります。

図2. ウイルスが持つ仕組みを利用したゲノム編集・塩基編集

ウイルスを用いた植物ゲノム編集に初めて成功

中国浙江大学のLi教授らのグループは、世界で初めてウイルスを運び屋として用いた植物のゲノム編集に成功しました。

SYNVというキク科やナス科の一部に感染する RNAウイルスのゲノムにゲノム編集酵素CRISPR/Cas9の遺伝子を挿入し、運び屋としました。ベンサミアナタバコというナス科の実験用植物にウイルスをこすりつけて感染させ、組織培養で感染組織から個体を再生させることにより、狙った位置に変異が導入されたゲノム編集個体を得ることができました(図2B)

しかし、個々の植物ウイルスによって感染・増殖できる植物が決まっています。SYNVは感染できる植物種が限られており、農業上重要な作物のゲノム編集にはあまり使用できないという問題がありました。

広範な作物に使えるウイルスを用いゲノム編集と塩基編集に成功

農研機構の石橋上級研究員らのグループは、ジャガイモXウイルス(PVX)というRNAウイルスを用いたベンサミアナタバコのゲノム編集に成功しました。

PVXは多くのナス科植物、例えばジャガイモ・トマト・ピーマンなどに感染できるため、それらでも同じようにゲノム編集ができると推測されます。また、PVXは種子を介して伝染しないので、種子繁殖性作物なら種をとるだけでウイルスが除去された植物を得ることができます。

切らずにゲノムを改変する塩基編集技術は、切るタイプの技術に比べ、遺伝子機能の調節を行いやすい技術です。ウイルス粒子が収納できる遺伝子の長さには限りがあり、CRISPR/Cas9よりも長い、塩基編集酵素の遺伝子を運ばせることは難しいと予想されていました。同グループは、PVX が塩基編集酵素CRISPR/Cas9-CDA1の遺伝子を運べることを明らかにし、塩基編集に成功しました(図2C)

この研究では自由な塩基編集ができるように、もう一箇所改良された酵素が使われました。ゲノムの‘GG’の近くしか編集できない従来型に対し、改良型だとGが1つあれば近くの配列を編集できるため、編集の自由度が高くなります。

ウイルスを運び屋にし、目的に応じた酵素を働かせるゲノム編集・塩基編集技術が確立されれば、より多くの農作物で役に立つ品種改良が進むと期待されます。

この記事の元となった論文

・Highly efficient DNA-free plant genome editing using virally delivered CRISPR-Cas9
(訳)CRISPR-Cas9をウイルスで導入する方法を用いた高効率なDNAを用いない植物ゲノム編集(2020年)
著者名: Ma et al.
Nat. Plants (2020) doi: 10.1038/s41477-020-0704-5.

・Potato Virus X Vector-Mediated DNA-Free Genome Editing in Plants
(訳)ジャガイモXウイルスを運び屋にしたDNAを用いない植物ゲノム編集(2020年)
著者名: Ariga et al.
Plant Cell Physiol. (2020) doi: 10.1093/pcp/pcaa123

より詳しく知りたい方のために

*1 栄養繁殖性作物

種子ではなく栄養繁殖器官と呼ばれる植物体の一部から繁殖する作物。栄養繁殖器官とは茎に由来する塊茎(例.ジャガイモ)、ランナー(例.イチゴ)、球根の多くや、根に由来する塊根(例.サツマイモ)などです。これに対し種子で繁殖する作物を種子繁殖性作物と呼びます。
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*2 生長点培養

生長点を含む組織(茎頂など)を切り取り、培地で無菌的に培養する方法。一般的に、ウイルス感染した植物体でも生長点付近にはウイルスがほとんど存在しないため、成長点を培養することによりウイルスに感染していない植物を得ることができます。
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  • 企画/解説担当者:森 昌樹(農研機構)
  • 編集協力者:農研機構企画戦略本部新技術対策課 / 津田 麻衣(筑波大)/ 藤井 毅(JATAFF)
  • イラスト担当者:森 昌樹・笠井 誠(農研機構)